...名づけて守拙廬という...
青木正児 「九年母」
...寧ろ廬山(ろざん)の峰々のやうに...
芥川龍之介 「侏儒の言葉」
...地震で焼けた向島(むこうじま)の梵雲庵は即ち椿岳の旧廬(きゅうろ)であるが...
内田魯庵 「淡島椿岳」
...今日は眼の前にその蝸廬といふものを見て来たよ...
薄田泣菫 「茶話」
...大根を干し甘藷(いも)を干しすぐ日かげ十月二十七日 小諸山廬...
高浜虚子 「六百句」
...昭和十年十月麻布(あざぶ)の廬において荷風散人(さんじん)識(しるす)...
永井荷風 「すみだ川」
...一なにがしと呼ぶ婦人雑誌の編輯人(へんしゅうにん)しばしばわが廬(ろ)に訪(と)ひ来りて通俗なる小説を書きてたまはれと請(こ)ふこと頻(しきり)なり...
永井荷風 「桑中喜語」
...今まで見ていた廬生(ろせい)の夢も一炊(すい)の間に覚め果てて「アアまた情ない身の上になッたかナア……」俄(にわか)にパッと西の方(かた)が明るくなッた...
二葉亭四迷 「浮雲」
...曙覧翁(おう)の令嗣(れいし)今滋(いましげ)氏特に草廬(そうろ)を敲(たた)いて翁の伝記及び随筆等を示さる...
正岡子規 「曙覧の歌」
...虎その廬に匿(かく)れたのを宝が簔で蔵(かく)しやって免がれしめた...
南方熊楠 「十二支考」
...「岡本醒廬勧余過竜華寺曰...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...」阪谷朗廬(さかたにらうろ)は関藤々陰(せきとうとういん)の此日の挙措を叙して下(しも)の如く云つてゐる...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...啻(ただ)に伝経廬(でんけいろ)におけるのみではなかった...
森鴎外 「渋江抽斎」
...その九十二成善は四月に海保の伝経廬(でんけいろ)に入(い)り...
森鴎外 「渋江抽斎」
...劉玄徳(りゅうげんとく)が孔明の廬を叩いた三顧の礼になぞらえて...
吉川英治 「黒田如水」
...ひとり廬にこもって...
吉川英治 「三国志」
...草廬(そうろ)をまもって...
吉川英治 「三国志」
...――不肖(ふしょう)臣亮(りょう)が廬を出てあなた様に仕えたのは全くその人こそあなた様をおいてはほかにないと信じたからでした...
吉川英治 「三国志」
便利!手書き漢字入力検索
- 柔道家の正木嘉美さん: 85年世界柔道無差別級王者で、指導者としても活躍し64歳で死去 🙏
- 野球選手の石川雅規さん: ヤクルトの最年長投手が25年間の現役生活に終止符を打ちました。 🎌
- お笑い芸人の小籔千豊さん: 吉本興業を退社し新たなパートナーシップ契約へ 😊
