...地震で焼けた向島(むこうじま)の梵雲庵は即ち椿岳の旧廬(きゅうろ)であるが...
内田魯庵 「淡島椿岳」
...大和の黒田の廬戸(いおと)の宮においでになつて天下をお治めなさいました...
稗田の阿禮、太の安萬侶 武田祐吉訳 「古事記」
...雷雲に巻かれ来(きた)りし小鳥かな八月三日 富士山麓(さんろく)山中湖畔草廬(そうろ)...
高浜虚子 「五百五十句」
...一二度粕谷の茅廬にも音づれた...
徳冨蘆花 「熊の足跡」
...わたしが常に大久保の旧廬を思うて止まない所以はわが青春のあらゆる記憶のここに宿るが為である...
永井荷風 「写況雑記」
...蔵書の間にまぎれ込んだ旧廬の落葉は今のわが身には寧ろ古書よりもなつかしいものとなった...
永井荷風 「写況雑記」
...その廬(いおり)を叩いて見る気になった...
中里介山 「百姓弥之助の話」
...ただカーライルの旧廬(きゅうろ)のみは六ペンスを払えば何人(なんびと)でもまた何時(なんどき)でも随意に観覧が出来る...
夏目漱石 「カーライル博物館」
...晋の干宝の『捜神記』に廬陵の婦人蘇易なる者善く産を看る...
南方熊楠 「十二支考」
...茶山のために竜華寺(りうげじ)の勝を説いた岡本醒廬も或は同人ではなからうか...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...以上の事実は朗廬全集...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...朗廬の墓誌銘には「称淵蔵...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...以遺命守羽沢草廬三年...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...静廬もこの年八十三歳で歿した...
森鴎外 「細木香以」
...先ず海保の伝経廬(でんけいろ)に入(い)り...
森鴎外 「渋江抽斎」
...劉玄徳(りゅうげんとく)が孔明の廬を叩いた三顧の礼になぞらえて...
吉川英治 「黒田如水」
...彼の草廬へよく往来していたのは...
吉川英治 「三国志」
...――すなわち孔明出廬のときよりさかのぼること六年前である...
吉川英治 「三国志」
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