...その学科中の東洋部は日本固有の学(すなわち神儒仏三道およびわが国固有の哲学...
井上円了 「欧米各国 政教日記」
...そうしてその間に川合清丸のように神儒仏三教一致の立場から立論する者もあって思想界もそう単純ではなかった...
井上哲次郎 「明治哲学界の回顧」
...例えば儒教のようなものに対してもまたそれが要求せられる...
津田左右吉 「〔『支那思想と日本』初版〕まえがき」
...漢学は儒学の一名であり漢学者は儒者であったといってもよいほどだからである...
津田左右吉 「日本に於ける支那学の使命」
...シナでも儒教思想に反対する学派ではこういうことを説いてはいない...
津田左右吉 「日本歴史の研究に於ける科学的態度」
...儒教が孤独的な道徳教の多いところから...
徳田秋声 「縮図」
...而(しこう)して徳川時代における偏理的儒教は...
徳富蘇峰 「吉田松陰」
...腐儒俗士の事は我れの知る所に非ずと其の気を負ひて自ら大とするの概以て見る可し...
鳥谷部春汀 「明治人物月旦(抄)」
...道家なり儒家なり兵家なり名家なりといふものは...
内藤湖南 「支那の書目に就いて」
...儒者といったような人たちだろうと思うんです」「それが...
中里介山 「大菩薩峠」
...所謂(いわゆる)儒教主義の偏頗(へんぱ)論と言う可きのみ...
福沢諭吉 「女大学評論」
...姫路藩では最後の儒者だった角田という先生の娘婿...
柳田国男 「故郷七十年」
...其一に曰く曾謝横レ経弄レ翰儒...
山路愛山 「頼襄を論ず」
...李儒は、はっと答えるなり、用意の宣言文をひらいて、「策文(さくもん)っ――」と高らかに読み始めた...
吉川英治 「三国志」
...李儒、どうしたものだろう」「一刻も早く、お召しといって、彼の住居へ人をやってごらんなさい...
吉川英治 「三国志」
...彼は儒学の家の生れだった...
吉川英治 「私本太平記」
...今日から儒学のお弟子にしてくださいませ」「お家庭(うち)にいるあいだは何を学んでおられたか」「お父上から和歌を...
吉川英治 「親鸞」
...だしぬけに風態(ふうてい)見当のつかぬ侏儒が...
吉川英治 「鳴門秘帖」
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