...京伝・馬琴が両々相対して下らざる互角の雄と見做(みな)したのが当時の公論であったのだろう...
内田魯庵 「八犬伝談余」
...両々相対峙(あいたいじ)して譲らず...
太宰治 「惜別」
...その銀座街頭、両々相対峙して、万引多きを売上高のバロメーターとして誇り、T署の刑事を予算超過に増員しても追付かぬ殷盛(はんじょう)に、不景気挽回策如何(いかん)なんて論説を書く経済学者、財政記者の迂愚(うぐ)を嗤(わら)うかの如きM百貨店、双方恨みなしに屋上投身のありし通り、どっちも頭文字が同じだから書くのだが、その、わが親愛なる鳥の竹の子煮が百匁(め)に付、片や七十銭、片や六十五銭と附け札が出たから、僕にとっては充分問題になるだろう...
辰野九紫 「青バスの女」
...これに配置せられたる単純なる後景(こうけい)はあたかもパストラル曲中の美なる風景に等しく両々相伴うて看者の空想を音楽の中(うち)に投ぜしむ...
永井荷風 「江戸芸術論」
...両々共に騎虎の場合になって退引(のっぴき)ならないのでありますから...
中里介山 「大菩薩峠」
...ここで両々相保証するの立場となりました...
中里介山 「大菩薩峠」
...この夜中にまでも覆面を取らないですまし込んで会話をつづけている点だけは両々相譲らないのです...
中里介山 「大菩薩峠」
...両々共にその咽喉首(のどくび)に当る...
中里介山 「大菩薩峠」
...法然は、「性無作(しょうむさ)の仮色(けしき)が戒体でございます」という議論を立て、両々相譲らず、永い間議論をしていたが、慈眼房が腹を立てて、あり合せた木の枕を以て法然に打ちつけたから、法然は師の前を立ち出でて了ったことがある...
中里介山 「法然行伝」
...両々対比し来って...
穂積陳重 「法窓夜話」
...両々相俟つてその艶を...
正岡容 「初代桂春団治研究」
...もとより両々相俟って進むことを必要とする...
三上義夫 「文化史上より見たる日本の数学」
...両々たがいに閃々たる光を交え...
吉川英治 「三国志」
...序戦の街亭(がいてい)の役(えき)には、自身陽平関にまで迫ったが、孔明は楼上に琴を弾(だん)じて、彼の疑い退(しりぞ)くを見るや、風の如く漢中へ去ってしまい、両々相布陣して、乾坤一擲(けんこんいってき)に勝敗を決せんとするような大戦的構想は、遂にその折には実現されずにしまった...
吉川英治 「三国志」
...両々覇(は)を争ッて...
吉川英治 「私本太平記」
...陸地同日に御進発なりしばしがほどは両々...
吉川英治 「私本太平記」
...石秀(せきしゅう)と孫立とはただちに鎗(やり)を合せ、両々譲らず、火をちらし、鎗身(そうしん)を絡(から)みあい、激闘数十合におよんだが、勝負、いつ果てるとも見えなかった...
吉川英治 「新・水滸伝」
...将門の父良持の健在だった頃には、まさに、常陸源氏に応ずる“坂東平氏(ばんどうへいし)”の概(がい)を以て、両々、相ゆずらない対峙をもっていたものであったが、いつのまにか、良持亡きあとは、叔父三家とも、護の門に駒をつないで、常陸源氏の下に従属してしまった――おそらくは、そうして辛(から)くも、旧門旧領を、保ち得てきたものにちがいない...
吉川英治 「平の将門」
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