...弘仁年間(こうにんねんかん)に藥師寺(やくしじ)の僧(そう)景戒(けいかい)が著(あらは)した「日本靈異記(にほんれいいき)」が最(もつと)も古(ふる)いものであらう...
伊東忠太 「妖怪研究」
...そして此の律宗獨特の作風がすぐあとにつづく弘仁の密教的佛像に影響を與へてゐる點もおもしろい...
高村光太郎 「唐招提寺木彫如來形像」
...この所謂(いわゆる)弘仁期直前に製作せられた一木造りの如来像は世間普通には晩唐様式の模倣であってむしろ日本的性格の甚だ少いそれゆえ其様式もあまり永続きしなかったものとして考えられている...
高村光太郎 「美の日本的源泉」
...天平弘仁の彫刻隆盛の後をうけて絵画興隆の機運に恵まれた時代であり...
高村光太郎 「美の日本的源泉」
...弘仁貞観から寛平に至る大宗教時代は日本木彫史上の壮観である...
高村光太郎 「本邦肖像彫刻技法の推移」
...技法の推移に根本的の面白い意味を持っているのは天平から弘仁へかけての時代だけである...
高村光太郎 「本邦肖像彫刻技法の推移」
...母は弘仁天皇の孫女であった...
谷崎潤一郎 「少将滋幹の母」
...それは弘仁十何年かに之を書かれたといふことは分つて居りますから...
内藤湖南 「弘法大師の文藝」
...弘仁元年に三十七歳とは誤写で確か七...
南方熊楠 「十二支考」
...弘仁・永仁両地震の間隔が...
武者金吉 「地震なまず」
...弘仁・永仁両地震の間に洩れた地震が一回あったのではあるまいか...
武者金吉 「地震なまず」
...遠く弘仁(こうにん)時代にその石で刻んだ仏像が今も残っております...
柳宗悦 「手仕事の日本」
...例えば弘仁七年の六月に弘法大師が...
柳田国男 「山の人生」
...われわれは弘仁仏ではなかろうかと話し合った...
和辻哲郎 「古寺巡礼」
...とにかく天平中ごろの僧尼の気風と弘仁期のそれとの間には著しい相違があるのである...
和辻哲郎 「古寺巡礼」
...弘仁期の僧尼の気風を知るには『日本霊異記』に越すものはない...
和辻哲郎 「古寺巡礼」
...しかし天平時代末期から弘仁初期へかけての変遷は...
和辻哲郎 「古寺巡礼」
...西塔は弘仁期にかかるかもしれぬといわれている...
和辻哲郎 「古寺巡礼」
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