...これより先子規居士は『日本新聞』の分身である『小日本』という新聞を経営しておった...
高浜虚子 「子規居士と余」
...浅井忠(ちゅう)氏の紹介で中村不折(ふせつ)君が『小日本』に入社...
高浜虚子 「子規居士と余」
...石井露月(いしいろげつ)君が校正として『小日本』に入社...
高浜虚子 「子規居士と余」
...斎藤緑雨(さいとうりょくう)君が何とかいう時代物の小説を『小日本』に連載...
高浜虚子 「子規居士と余」
...緑雨君の弟子たる小杉天外君が初めて「蝶ちゃん」(?)という小説を『小日本』に連載...
高浜虚子 「子規居士と余」
...子規居士既作の処女作「月の都」を『小日本』紙上に連載...
高浜虚子 「子規居士と余」
...『小日本』紙上にて俳句を募集...
高浜虚子 「子規居士と余」
...『小日本』廃刊後になって初めて出席した人が誤って這入(はい)っているかも知れぬ...
高浜虚子 「子規居士と余」
...居士も飄亭君も殆ど全力を上げて『小日本』に尽していた...
高浜虚子 「子規居士と余」
...」『小日本』紙上には不折君の画に居士の賛(さん)をしたものが沢山に出た...
高浜虚子 「子規居士と余」
...大小日本の手品を表芸(おもてげい)にして...
中里介山 「大菩薩峠」
...その後不折君と共に『小日本』に居るようになって毎日位顔を合すので...
正岡子規 「画」
...余の始めて不折君と相見しは明治二十七年三月頃の事にしてその場所は神田淡路町小日本新聞社の楼上(ろうじょう)にてありき...
正岡子規 「墨汁一滴」
...初め余の新聞『小日本』に従事するや適当なる画家を得る事において最も困難を感ぜり...
正岡子規 「墨汁一滴」
...『小日本』と関係深くなりて後君は淡路町(あわじちょう)に下宿せしかば余は社よりの帰りがけに君の下宿を訪ひ画談を聞くを楽(たのしみ)とせり...
正岡子規 「墨汁一滴」
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