...そのあとで側近の人々を通じ縷々二時間にわたって支那の形勢について御下問があったということだ」「この間の新聞にも出ていました...
大鹿卓 「渡良瀬川」
...たびたび御ところに召されて宋朝の事情など御下問に預り...
太宰治 「右大臣実朝」
...下問に応じて蝦夷の種類を説いて云はく...
太宰治 「津軽」
...官林拂下問題の醜聞頻りに出でて...
鳥谷部春汀 「明治人物月旦(抄)」
...官林払下問題の醜聞頻りに出でて...
鳥谷部春汀 「明治人物月旦(抄)」
...それも目下問合はせ中です...
原民喜 「書簡」
...何がはじまろうってえの」まるで女王さまからご下問でも受けたように...
久生十蘭 「キャラコさん」
...エカテリーナ女帝が下問された...
ニコライ・ゴーゴリ Nikolai Vasilievitch Gogoli 平井肇訳 「ディカーニカ近郷夜話 後篇」
...幕府から幕臣一般に三ヶ条の下問を発し...
福澤諭吉 「福翁自伝」
...「御下問の件小生自身何の経験も御座いません」とて...
牧野富太郎 「植物一日一題」
...学閥などについて知り合の或学界通B君にくわしく質問して見たから読者諸君の御参考のために以下問答体でその話をなるべく正直に御紹介しよう...
牧野富太郎 「牧野富太郎自叙伝」
...これに関するご下問があったのであろう...
武者金吉 「地震なまず」
...襟を正して下問された...
吉川英治 「三国志」
...こんど都に上って、天子に謁(えっ)し、その折、ご下問によって、初めて、わが家の家系をお耳に達しましたところ、天子には直ちに、朝廷の系譜をお調べになり、まぎれもなく、劉玄徳が祖先は、わが漢室の支(わか)れた者の裔(すえ)である――玄徳は朕(ちん)が外叔(がいしゅく)にあたるものぞと、勿体ない仰せをこうむりました...
吉川英治 「三国志」
...帝は、司馬懿を召して、対策を下問した...
吉川英治 「三国志」
...いかにせし?」との下問も...
吉川英治 「私本太平記」
...「六波羅の内部は、どんな有様か?」また、「正成の千早城のささえはどうか?」などを、義高はさっそく、下問された...
吉川英治 「私本太平記」
...との御下問にござりまするか」正成は身をただした...
吉川英治 「私本太平記」
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