例文・使い方一覧でみる「馬遠」の意味


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...蹄の音も高らかに神女の双馬遠く馳す...   蹄の音も高らかに神女の双馬遠く馳すの読み方
ホーマー Homer 土井晩翠訳 「イーリアス」

...その外馬遠(ばえん)の対幅が五百両...   その外馬遠の対幅が五百両の読み方
徳富蘇峰 「吉田松陰」

...宋の馬遠、夏珪の山水は、残山剰水といわれる構図の新機軸を出し、蜀僧牧谿(もっけい)は比類ない鳥獣の名手だが、大徳寺の観音猿鶴の三幅対でも、観音周辺の山水や、猿のすむ枯木などには山の気がただよっており、伝牧谿の漁村夕照図は、別人としても傑品である...   宋の馬遠、夏珪の山水は、残山剰水といわれる構図の新機軸を出し、蜀僧牧谿は比類ない鳥獣の名手だが、大徳寺の観音猿鶴の三幅対でも、観音周辺の山水や、猿のすむ枯木などには山の気がただよっており、伝牧谿の漁村夕照図は、別人としても傑品であるの読み方
中村清太郎 「ある偃松の独白」

...萬一の場合の用意に御手文庫に入れたまゝ、殿の御側に備(そな)へさせられます」「鍵は?」「年に一度、公儀の御品調べがあり、外に馬遠の軸物、砧青磁(きぬたせいじ)の香爐(かうろ)、聖茶碗(ひじりちやわん)などと共に差出し、御調べ濟の上、元の御手箱に返したのが、二た月ほど前、鍵は私の兄、側用人桑原伊織が預かりますが、何かの都合で殿へ差上げた時、ほんの半日だけ、御寵愛(ごちようあい)のお銀の方に預けられた事があるとお側の者が申して居ります」「お手箱には變りは無いでせうな」「何の變りも御座いません」「すると、桑原伊織樣か、殿樣か、お銀の方か、この三人のうちの一人が取出されたといふのでせう」「殿は何にも知らぬと仰せられます、――兄は藩中第一の正直者で、これも嘘僞(うそいつは)りを申す筈は御座いません」「それでは矢張りお銀の方が隱したといふ事になるわけで」「兄桑原伊織が再三掛け合ひましたが、お銀の方親元源太郎は、奧方の心が柔らいで、お銀の方がお屋敷に召還された上探して進ぜよう――といふ傍若無人(ばうじやくむじん)の返事で御座います」「フ――ム」「五日前に若樣――と申しても、御腹樣のお銀の方御身持に信用いたしてよいものやら惡いものやら存じませんが、――兎に角、十次郎樣御不慮(ごふりよ)のことがありまして、一夜のうちに御他界になつたのを駿河臺上屋敷の者の毒害と言ひ掛りをつけ、毒菓子の計略で若樣を害(あや)めた下手人を出さないうちは、秘傳書と御墨附も、未來永劫(みらいえいごふ)此世に出る氣遣は無い、と恐ろしい事を申して居ります」「フ――ム」「公儀の御封を受けた品や、東照公御墨附が紛失すれば、明年の御品調べを待たず、小堀家は重くて改易、輕くて減地轉封は免(まぬが)れません...   萬一の場合の用意に御手文庫に入れたまゝ、殿の御側に備へさせられます」「鍵は?」「年に一度、公儀の御品調べがあり、外に馬遠の軸物、砧青磁の香爐、聖茶碗などと共に差出し、御調べ濟の上、元の御手箱に返したのが、二た月ほど前、鍵は私の兄、側用人桑原伊織が預かりますが、何かの都合で殿へ差上げた時、ほんの半日だけ、御寵愛のお銀の方に預けられた事があるとお側の者が申して居ります」「お手箱には變りは無いでせうな」「何の變りも御座いません」「すると、桑原伊織樣か、殿樣か、お銀の方か、この三人のうちの一人が取出されたといふのでせう」「殿は何にも知らぬと仰せられます、――兄は藩中第一の正直者で、これも嘘僞りを申す筈は御座いません」「それでは矢張りお銀の方が隱したといふ事になるわけで」「兄桑原伊織が再三掛け合ひましたが、お銀の方親元源太郎は、奧方の心が柔らいで、お銀の方がお屋敷に召還された上探して進ぜよう――といふ傍若無人の返事で御座います」「フ――ム」「五日前に若樣――と申しても、御腹樣のお銀の方御身持に信用いたしてよいものやら惡いものやら存じませんが、――兎に角、十次郎樣御不慮のことがありまして、一夜のうちに御他界になつたのを駿河臺上屋敷の者の毒害と言ひ掛りをつけ、毒菓子の計略で若樣を害めた下手人を出さないうちは、秘傳書と御墨附も、未來永劫此世に出る氣遣は無い、と恐ろしい事を申して居ります」「フ――ム」「公儀の御封を受けた品や、東照公御墨附が紛失すれば、明年の御品調べを待たず、小堀家は重くて改易、輕くて減地轉封は免れませんの読み方
野村胡堂 「錢形平次捕物控」

...外に馬遠(ばえん)の軸物...   外に馬遠の軸物の読み方
野村胡堂 「銭形平次捕物控」

......   の読み方
三好達治 「艸千里」

...室町初期以来の――いわゆる足利水墨の興りを観ると、宋末大陸の画風をもっとも早く日本に招来したものは、いうまでもなく、五山の禅僧たちであって、馬遠、夏珪(かけい)の宣和画院系の墨画あたりから、梁楷(りょうかい)、因陀羅(いんだら)、牧谿(もっけい)などの画品を携え帰って、これがやがて東山将軍家の鑑賞に収められ、例の「君台観左右帳記」にも見られるような淵叢(えんそう)を成したことは人も知る所である...   室町初期以来の――いわゆる足利水墨の興りを観ると、宋末大陸の画風をもっとも早く日本に招来したものは、いうまでもなく、五山の禅僧たちであって、馬遠、夏珪の宣和画院系の墨画あたりから、梁楷、因陀羅、牧谿などの画品を携え帰って、これがやがて東山将軍家の鑑賞に収められ、例の「君台観左右帳記」にも見られるような淵叢を成したことは人も知る所であるの読み方
吉川英治 「随筆 宮本武蔵」

...梁楷を学んだといっても、北宋の玉澗(ぎょっかん)、馬遠、夏珪(かけい)、牧谿...   梁楷を学んだといっても、北宋の玉澗、馬遠、夏珪、牧谿の読み方
吉川英治 「随筆 宮本武蔵」

...中国の画壇は、以後も梁諧(りょうかい)、夏珪(かけい)、馬遠、馬麟(ばりん)などを輩出したが、しかもなお徽宗から李唐、蕭照あたりまでの期間をその黄金時代であったと史家も回顧している...   中国の画壇は、以後も梁諧、夏珪、馬遠、馬麟などを輩出したが、しかもなお徽宗から李唐、蕭照あたりまでの期間をその黄金時代であったと史家も回顧しているの読み方
吉川英治 「人間山水図巻」

「馬遠」の読みかた

「馬遠」の書き方・書き順

いろんなフォントで「馬遠」


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おびれ   離れ部屋   到来を待つ  

チーズローリングと世界一硬いチーズ

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