...)臍緒の包に(躋緒の包であらう)一字一寸角もあらうかとみえた横尾龍之助といふ文字をみた...
小穴隆一 「二つの繪」
...彼はいきなり傍の銅躋(とっこ)を取って封生に向って投げつけたが...
田中貢太郎 「陳宝祠」
...水縁に臨む)唱出俳壇新韵鐸(俳壇に唱へ出す新韵(しんゐん)の鐸(たく))声々喚起百年眠(声々に喚起す百年の眠り)身在閑中不識閑(身は閑中に在つて閑を識らず)朝躋鶴巓夕雲開(朝(あした)に鶴巓(かくてん)を躋(こ)え夕(ゆふべ)に雲開く)瓠壺之腹縦摸筆(瓠壺(ここ)の腹に縦(ほしいまま)に筆を摸(さぐ)り)収拾五十四郡山(収拾す五十四郡の山)打見たところでは一律のようになっているが...
中里介山 「大菩薩峠」
...高無際の鞦韆賦に叢嬌亂立以推進、一態嬋娟而上躋、乍龍伸而蠖屈、將欲上而復低とあり、王問の詩に一囘蹴一囘高とあるのは即ち之を證する...
原勝郎 「鞦韆考」
...躋勝酬素情」と云つてある...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...躋寿館は此仁和寺本を影写して蔵することを得た...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...早く既に躋寿館(せいじゆくわん)に勤仕してゐたと云ふ事が其一である...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...文政九年には瑞英の長男が籍を躋寿館(せいじゆくわん)に置いたらしい...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...柏軒は十月七日に躋寿館の講師を命ぜられたのである...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...此人は弘化甲辰に渋江抽斎と共に躋寿館講師に任ぜられ又これと共に将軍家慶に謁した...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...壬子の歳に榛軒は弟の躋寿館(せいじゆくわん)の講師を拝するを見て死んだ...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...四年徴が躋寿館に召されて医心方校刊の事に参与した...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...それに嘗て躋寿館にゐて落雷に逢つてからは...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...嘉永元年に至って枳園は躋寿館(せいじゅかん)の一事業たる『千金方(せんきんほう)』校刻(こうこく)を手伝うべき内命を贏(か)ち得た...
森鴎外 「渋江抽斎」
...躋寿館に召し出されたのは...
森鴎外 「渋江抽斎」
...躋寿館では『医心方』影写程式(えいしゃていしき)というものが出来た...
森鴎外 「渋江抽斎」
...その躋寿館(せいじゅかん)の講師となった時である...
森鴎外 「渋江抽斎」
...天保十二年には三十八歳で躋寿館の教諭になっていた...
森鴎外 「渋江抽斎」
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