...)臍緒の包に(躋緒の包であらう)一字一寸角もあらうかとみえた横尾龍之助といふ文字をみた...
小穴隆一 「二つの繪」
...自分単独の力で人がまだ行っていない山へ登躋(とうせい)して...
高頭仁兵衛 「平ヶ岳登攀記」
...高無際の鞦韆賦に叢嬌亂立以推進、一態嬋娟而上躋、乍龍伸而蠖屈、將欲上而復低とあり、王問の詩に一囘蹴一囘高とあるのは即ち之を證する...
原勝郎 「鞦韆考」
...躋寿館は此仁和寺本を影写して蔵することを得た...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...太宗は自らこれに叙して、「朕尊居億兆之上、常以百姓為心、念五気之或乖、恐一物之失所、不尽生理、朕甚憫焉、所以親閲方書、俾令撰集、溥天之下、各保遐年、同我生民、躋於寿域、今編勒成一百巻、命曰太平聖恵方、仍令彫刻印版、施華弟、凡爾生霊、宜知朕意」と云つてゐる...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...錦橋は始て躋寿館(せいじゆくわん)に往つて逢つた人々を列記して...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...早く既に躋寿館(せいじゆくわん)に勤仕してゐたと云ふ事が其一である...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...躋寿館に於る当時の職は素読の師であつただらう...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...宝素の子春沂(しゆんき)が躋寿館の素読の師を命ぜられた...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...此日榛軒門人の一人であつた塩田良三が躋寿館に於て医学出精の賞詞を受けた...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...その二百八十七此年甲寅に森枳園が躋寿館の講師にせられた...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...躋寿館(せいじゆくわん)の講師となつてより既に八年...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...躋寿館(せいじゅかん)の講座をもこの人が継承した...
森鴎外 「渋江抽斎」
...この年に躋寿館(せいじゅかん)で書を講じて...
森鴎外 「渋江抽斎」
...二十九日に更に躋寿館医書彫刻手伝(てつだい)を仰附けられた...
森鴎外 「渋江抽斎」
...躋寿館の人々が驚き喜んだのもことわりである...
森鴎外 「渋江抽斎」
...躋寿館では『医心方』影写程式(えいしゃていしき)というものが出来た...
森鴎外 「渋江抽斎」
...躋寿館(せいじゅかん)の講師となっていた...
森鴎外 「渋江抽斎」
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