...この男が馬子を斬ってみようとしたのは、御用金を奪おうという経済の頭から出たのではなく、芝居気たっぷりの片手斬りに大向うを唸(うな)らせようという見得(みえ)から出たのでもなく、はしなく嗾(そそのか)し得たり少年の狂――と春濤がうたった通りの、土地の空気がさせた魔の業と見るよりほかはないでしょう――尤(もっと)もこの男ははや少年の部ではないが、血気はまだ必ずしも衰えたりとは言えますまい――こうして、苦笑いしながら地上に落したところの杖を取り上げて、越中街道の闇に、行先は、ただいま逃げた馬と同じ方向ですが、目的としては、高山の町の目ぬきのあたりへ現われようとするに違いない...
中里介山 「大菩薩峠」
...先日は越中街道の道を尋ねながら...
中里介山 「大菩薩峠」
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