...十句中二三句づつ雑詠に載(の)るは虚子(きよし)先生の御会釈(ごゑしやく)ならんと思ひ...
芥川龍之介 「わが俳諧修業」
...虚子らの顔触(かおぶれ)であったかと記憶して居る...
高浜虚子 「子規居士と余」
...たとい一小虚子であってもその虚子を居士の意のままに取扱いたいと考えたことはやや無理な註文であったともいえるのである...
高浜虚子 「子規居士と余」
...「乱調は虚子これを創(はじ)め云々」などと言って居る...
高浜虚子 「漱石氏と私」
...一八)十八日金虚子様六漱石氏が創作に筆を執りはじめるようになってから...
高浜虚子 「漱石氏と私」
...一月四日夜金之助虚子先生○明治四十年一月十六日(葉書)寅彦が「枯菊の影」を送って来ましたから廻送します...
高浜虚子 「漱石氏と私」
...十月十八日金虚子先生○明治四十年十月九日(葉書)御小児(おんこども)御病気如何...
高浜虚子 「漱石氏と私」
...五月二十八日金之助虚子先生梧下○明治四十一年五月三十日(葉書)拝啓...
高浜虚子 「漱石氏と私」
...山火事の天を焦(こが)して霜赤し蒼苔低く飛ぶ星あり今宵霜降らん東雲鶺鴒(せきれい)の尾にぞ霰(あられ)のはじかれし蒼苔橋に来てまたはら/\と霰散る花牛堂大いなる霰ころがりて縁に消えざる虚子玉霰忽(たちま)ち来り忽ち歇(や)む楽天京に入つて霰に笠を叩かれつ不迷物思ふ窓を霰に叩かれき不染あられうつ石峨々(がが)として水急なり霜磧こんな類(たぐい)であります...
高浜虚子 「俳句の作りよう」
...これが虚子という人ではないかと思った...
寺田寅彦 「高浜さんと私」
...ところへ虚子(きょし)が車で来た...
夏目漱石 「永日小品」
...私が日本に帰った時(正岡はもう死んで居た)編輯者(へんしゅうしゃ)の虚子から何か書いて呉(く)れないかと嘱(たの)まれたので...
夏目漱石 「処女作追懐談」
...それでも比較的痛切な題目に対する虚子の叙述的態度は依然として余裕がある様である...
「高浜虚子著『鶏頭』序」
...この時虚子(きょし)が来てくれてその後碧梧桐(へきごとう)も来てくれて看護の手は充分に届いたのであるが...
正岡子規 「くだもの」
...(四月十日)虚子(きょし)曰(いわく)...
正岡子規 「墨汁一滴」
...あるいは実際の病状よりは重く見て特に虚子抔(など)に手紙を贈りて安否を問はるる事あり...
正岡子規 「明治卅三年十月十五日記事」
...虚子先生に師事し得たこと...
松本たかし 「松本たかし句集」
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