...至芸となると、演技者の自信が演技者を抜け出して観客の中へ乗り移ってしまう...
寺田寅彦 「柿の種」
...ただその美術的乃至芸術的認識の機構分析が充分でないために...
戸坂潤 「クリティシズムと認識論との関係」
...云うまでもなくこの種の云わば自然的で無意識的な文化統制は、非常にハッキリした顕著な社会的事実なのであって、文芸乃至芸術や、科学乃至哲学にたずさわっている人間にとっては、自分の仕事を如何にして社会化するかとかという問題となって、これはいつも文化意識の中心に押し出される関心事である...
戸坂潤 「現代唯物論講話」
...批評が必ずしも文芸批評乃至芸術批評に限るものではない...
戸坂潤 「思想としての文学」
...文芸乃至芸術一般では何よりも何かの意味での主体が最後の最底の関心であるのが当然だからだ...
戸坂潤 「思想としての文学」
...科学に於けるセンスと文学乃至芸術に於けるセンスとが全くヘテロジェニアスなものだと信じられ勝ちだからである...
戸坂潤 「思想としての文学」
...乃至芸術観をさえ...
戸坂潤 「認識論としての文芸学」
...至芸の人の言である...
豊島与志雄 「文学以前」
...今は亡い人たちの至芸など思ひ浮べて一種侘しい懐旧の情にひたりながら半日を淋しく楽しんで過すのである...
中勘助 「能の見はじめ」
...彼の至芸による矢の速度と狙いの精妙さとは...
中島敦 「名人伝」
...歌舞伎の至芸などというものも...
中谷宇吉郎 「吉右衛門と神鳴」
...綱を揺ぶった弾(はず)みで、足が宙に浮き、お鈴の至芸でも、どうすることも出来なかった様子です...
野村胡堂 「銭形平次捕物控」
...その頃寄席へ行って名人上手の至芸に接するたび...
正岡容 「わが寄席青春録」
...同じく飄逸な至芸だったと聞く先代浪華軒〆友は八代目林家正蔵君とも盟友だった由であるが...
正岡容 「わが寄席青春録」
...団菊以外の名優連いまも目に残るその至芸明治の名優といえば団菊左に止めを刺すようだが...
山本笑月 「明治世相百話」
...全部がその至芸の現われである...
山本笑月 「明治世相百話」
...察するところ長知公も翁の至芸が余程の御自慢であったらしい...
夢野久作 「梅津只圓翁伝」
...至芸であった...
吉川英治 「私本太平記」
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