...今では北狄(ほくてき)の考案した...
芥川龍之介 「文芸的な、余りに文芸的な」
...いわゆる支那の歴史あって以来周狄(しゅうてき)の後に匈奴(きょうど)となり...
大隈重信 「東亜の平和を論ず」
...打砕いて夷狄(いてき)の犬に喰わせようという人も少なくない世の中である...
寺田寅彦 「津浪と人間」
...北狄(ほくてき)...
徳富蘇峰 「吉田松陰」
...決然として我よりこれを破り信を夷狄(いてき)に失うべからず...
徳富蘇峰 「吉田松陰」
...夷狄の風物も面白く...
徳永直 「光をかかぐる人々」
...恰も南面すれば北狄怨み...
鳥谷部春汀 「明治人物月旦(抄)」
...其の時代に支那に境を接した夷狄の土着民は都尉や縣尉といふものを大變に偉いものだと思つて居りましたから...
内藤湖南 「近畿地方に於ける神社」
...劉逢祿の書序述聞には謹案、孔子序周書四十篇、東周之書、惟文侯之命秦誓二篇而已、合而讀之、一爲孱弱之音、一爲發憤之氣、興亡之象昭昭也、春秋書晉人及姜戎敗秦於、公羊子曰、謂之秦、夷狄之也、詐戰書日盡也、穀梁子亦曰、徒亂人子女之教、無男女之別、秦之爲狄、自之戰始也、秦穆不用蹇叔百里子之謀、千里襲鄭、喪師遂盡、晉襄背殯用師、亦貶而稱人、序書何取焉、取其悔過之意、深美約、貽厥孫謀、將以覇繼王也、詩書皆由正而之變、詩四始言文武之盛、而終于商頌、志先王之亡以爲戒、書三科述二帝三王之業、而終於秦誓、志秦以狄道代周、以覇統繼帝王、變之極也、春秋撥亂反正、始元終麟、由極變而之正也、其爲致太平之正經、垂萬世之法戒、一也、と言ひ、又宋翔鳳の尚書譜には謹案、孔子序周書、自大誓訖※命、皆書之正經、以世次、以年紀、其末序蔡仲之命費誓呂刑文侯之命秦誓五篇者、幼嘗受其義於葆先生、曉畢、未能詳紀、犇走燕豫、留滯梁荊、函丈斯隔、七年於茲、茲譜尚書、細繹所聞而識之曰、尚書者述五帝三王五伯之事、蠻夷猾夏、王降爲覇、君子病之、時之所極、有無如何者也、蔡之建國、東臨淮徐、南近江漢、伯禽封魯、淮夷蠻貊、及彼南夷、莫不率從、不意蔡侯一虜、熊貲始大、楚之覇業、先於五邦、呂命穆王、實作自呂、征彼九伯、浸及齊桓、晉秦之興、復在其後、覇者之業、相循而作、帝王之統、由此一變、史伯之對鄭桓言秦晉齊楚代興、史之見秦獻言別五百載復合、運會所乘、惟聖賢能見其微、孔子序五篇於書之終、中候之文究於覇免、所以戒後王制蠻夷式羣侯、不可以不愼、と言つてゐる...
内藤湖南 「尚書稽疑」
...戎狄より起つて國を奪へるもあり...
内藤湖南 「日本文化の獨立」
...漢学仕込みの私の頭は何だかまだ夷狄の学問を忌み嫌い...
内藤鳴雪 「鳴雪自叙伝」
...僕は仏蘭西人が北狄(ほくてき)の侵略に遭い国を挙げてマルンの水とウェルダンの山とを固守した時と同じ場合に立った...
永井荷風 「申訳」
...その文明国を夷狄視(いてきし)することの浅見より...
中里介山 「大菩薩峠」
...御前のような夷狄(いてき)は東京にゃ調和しないから早く帰れったら...
夏目漱石 「門」
...今夷狄っぱらの侵略の目にあい...
藤野古白 藤井英男訳 「戦争」
...北狄間にもそんな風があった痕跡として...
南方熊楠 「十二支考」
...「何を申も夷狄は迫り居り候へば...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...夷狄(いてき)と称する熱河の山東方面に隣するまで――旧袁紹治下の全土を完全に把握してしまった...
吉川英治 「三国志」
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