...その機会(きかい)は官軍(かんぐん)東下(とうか)...
石河幹明 「瘠我慢の説」
...親房は宗良親王を奉じて東下せしに...
大町桂月 「秋の筑波山」
...そのむかし京役者の坂田藤(とう)十郎(らう)は江戸の水は不味(まづ)くて飲めないといつて東下(あづまくだり)をする時には...
薄田泣菫 「茶話」
...*洛東下岡崎の里より大比叡の方を眺めてよめる妖魔『自我』一妖(えう)こそ見(み)しか...
薄田淳介 「白羊宮」
...東下(あづまくだ)りと宣(の)らしつゝ...
徳冨健次郎 「みみずのたはこと」
...東下りを果(はた)し玉ひぬ...
徳冨健次郎 「みみずのたはこと」
...伊勢の国から東下(あずまくだ)りをする時代から...
中里介山 「大菩薩峠」
...三郎自身はこの時の東下直前に朝廷に向って...
服部之総 「尊攘戦略史」
...すぐそこからバスで伊東下田行が出かかっているのだが熱川の宿はどこがよいのか知らない...
宮本百合子 「獄中への手紙」
...此年多紀宗家では棠辺(たうへん)が和宮の東下を迎へまつらむがために京都に往つた...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...新野東上分・新野東上西分及び新野東下分は合して一大字となり...
柳田國男 「地名の研究」
...他日もしお微行(しのび)の御東下あらば...
吉川英治 「私本太平記」
...大仏維貞(おさらぎこれさだ)の東下となり...
吉川英治 「私本太平記」
...輔佐(ほさ)には、顕家の弟、顕信(あきのぶ)を陸奥(むつ)の鎮守府将軍にのぼせ、また、結城(ゆうき)宗広をも付き添わせて、ここに、東下の軍勢が、再編成されたのだった...
吉川英治 「私本太平記」
...――翌早暁から三万の兵馬はまた淀の河流にそって蜿蜒(えんえん)と東下した...
吉川英治 「新書太閤記」
...ふたたび第一次の小牧戦よりはるか岡崎に近く東下して来るであろう...
吉川英治 「新書太閤記」
...巴の東下説(盛衰記などにある美濃路へ落ちて鎌倉へ行ったという説)は信じられない...
吉川英治 「随筆 新平家」
...東下(あずまくだ)りして...
吉川英治 「平の将門」
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