...ややその先輩たる矢野文雄(やのふみお)君...
大隈重信 「東洋学人を懐う」
...新聞事業の方では我が党は京阪地方に五、六の新聞を興し、矢野文雄、島田三郎の諸氏がこれを経営された...
大隈重信 「東洋学人を懐う」
...それから義塾の矢野文雄(やのふみお)...
大隈重信 「福沢先生の処世主義と我輩の処世主義」
...文雄もこのことを喜び...
相馬愛蔵、相馬黒光 「一商人として」
...翌年の正月早々には文雄が南米に立つことになっていました...
相馬愛蔵、相馬黒光 「一商人として」
...志田文雄去月二十七日の朝六時頃...
辰野隆 「旧友の死」
...「文雄さん、そんなに歩いていいのか...
辰野隆 「旧友の死」
...志田文雄は我が国電気工学の泰斗故志田林三郎博士の嗣子で...
辰野隆 「旧友の死」
...故に現内閣は、形式に於ては憲政党の内閣なりと雖も、其実質に於ては則ち、進歩自由両党の聯立内閣なりと謂はざる可からず、唯だ夫れ然り、此を以て大隈伯はたとひ現内閣の総理たるも、憲政党は未だ大隈伯を中心とせざるの事実あるに於て、現内閣は決して世人の予期したる如き理想的大隈内閣に非るは、復た言ふを俟たず、然らば理想的大隈内閣とは何ぞや名実共に大隈伯を首領としたる党与に依て組織せらるゝもの是れなり、蓋し伯も亦曾て此冀望を抱て多数の俊髦を糾合したること此に年あり其徒沼間守一、小野梓、藤田茂吉等諸氏は、既に故人に属すと雖も、尚ほ矢野文雄、島田三郎、犬養毅、尾崎行雄の四氏旧に仍て意気軒昂たるあり、加ふるに鳩山和夫、大石正巳、加藤高明等の如き、伯と深縁あるもの亦之れなきに非ざるが故に、其多士済々たる、以て優に理想的大隈内閣を組織するに余りあらむ然るに現内閣中純然たる大隈派と目す可きものは、僅に尾崎、大石の両氏あるに過ぎずして、其他の閣員は、皆大隈伯と政治上の経路を異にしたる人物なり、是れ豈世人の予期したる如き大隈内閣ならむや...
鳥谷部春汀 「明治人物月旦(抄)」
...井上文雄の内弟子(うちでし)になった...
長谷川時雨 「明治美人伝」
...文雄(ふみお)を圧するに足る...
正岡子規 「曙覧の歌」
...丹羽文雄その他の諸氏の通りみな所謂(いわゆる)純文学作品と新聞小説と二股かけていて...
宮本百合子 「おのずから低きに」
...同人としては、伊藤整、板垣直子、春山行夫、丹羽文雄、本多顕彰、徳永直、徳田一穂、岡田三郎、尾崎一雄、尾崎士郎、大鹿卓、和田伝、上泉秀信、田辺茂一、楢崎勤、室生犀星、窪川鶴次郎、福田清人、浅野晃、榊山潤、水野成夫と申す顔ぶれです...
宮本百合子 「獄中への手紙」
...金星堂のは松山文雄さんに表幀たのみます...
宮本百合子 「獄中への手紙」
...田村泰次郎、舟橋聖一、丹羽文雄、井上友一郎、石川達三、北条誠の諸氏、それから、そういった行き方の数人又は十数人の――世間で文壇の中堅と言われ、事実ある程度まで中堅である――人たちが、そうだ...
三好十郎 「恐怖の季節」
...蘭軒は南陵を以て文雄以来の一人だとしてゐる...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...詩人の国吉灰雨、上里春生、伊波文雄、桃原思石、歌人の石川正秋、仲浜星想その他で、ぼくらは「琉球歌人連盟」を組織し、歌会を催してはよく飲んだ...
山之口貘 「酒友列伝」
...二十二日より丹羽文雄氏と同行京都へ行く...
吉川英治 「年譜」
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