...廿二日、辛未、霽、禅師公登壇受戒の為に、定暁僧都を相伴ひて上洛せしめ給ふ、将軍家より、扈従の侍五人を差遣はさる、是御猶子たるに依りてなり...
太宰治 「右大臣実朝」
...廿六日、壬午、亥刻、雷鳴数声、降雹の大なること李子の如し...
太宰治 「右大臣実朝」
...十八原籍地 兵庫県姫路市竪町二〇番地現住所 神戸市灘(なだ)区青谷四丁目五五九番地野村巳之吉(みのきち)明治廿六年九月生学歴 大正五年東京帝大農科卒業現職 兵庫県農林課勤務水産技師家庭及ビ近親関係 大正十一年田中家ノ次女徳子ヲ娶(めと)リ一男一女ヲ生ム...
谷崎潤一郎 「細雪」
...七月廿一日早く眼はさめたけれど...
種田山頭火 「行乞記」
...わたしのうつくしい血・草から追はれて雨のてふてふどこへゆく・雨が洗つていつたトマトちぎつては食べ・いつも見て通る夾竹桃のなんぼでも咲いて・せつせと田草とる大きな睾丸・けふも夕立てる花のうたれざま・ぬれてなく蝉よもう晴れる・向日葵や日ざかりの機械休ませてある(追加)七月廿六日昨夜はずゐぶん降つた...
種田山頭火 「行乞記」
...四月廿五日雨...
種田山頭火 「其中日記」
...七月廿四日曇――晴...
種田山頭火 「其中日記」
...八月廿七日曇、微雨...
種田山頭火 「其中日記」
...九月廿四日晴...
種田山頭火 「其中日記」
...五月廿九日――六月九日この間ブランク...
種田山頭火 「其中日記」
...七月廿四日...
永井荷風 「断腸亭日乗」
...『第廿七吉、祿を望んで重山なるべし、花紅なり喜悦の顏、か...
野村胡堂 「錢形平次捕物控」
...廿五歳で出て来たおりには十銭の木戸で...
長谷川時雨 「豊竹呂昇」
...同廿二年七月補筆)...
正岡容 「下町歳事記」
...廿八、九日の大風雨には一歩も外へ出づべくあらぬにかてて加へて我室内を炊事場と為せしことなれば煙を避けんにも致し方なくただ室の隅に小さくなりて伏し居るに無遠慮なる烟(けむり)は眼ともいはず鼻ともいはず侵入し来るに堪へ難くて毛布打ち被り一分の隙(すき)もあらせじとするを猶(なお)もいづこよりか烟は顔を襲(おそ)ふて眼には涙の絶ゆるひまもなし...
正岡子規 「従軍紀事」
...勤向覚書に「廿五日霊台院様御霊前え献備物願置候所...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...現在のところ六十歳以上の人口は六百五十三萬人(廿六年)で全人口の一割弱を示しているが...
山浦貫一 「老人退場説」
...九月廿四日夜(よ)の明(あ)くるを待(まつ)て人夫は鍋(なべ)と米(こめ)とを携(たづさ)へ...
渡邊千吉郎 「利根水源探検紀行」
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