...また夷人向(さき)に不法のこと多かりしを悪(にく)みて...
徳富蘇峰 「吉田松陰」
...町人共と夷人直に引合致さざるため日本字値段之脇之蘭字をも認めさせ...
徳永直 「光をかかぐる人々」
...模様は蝦夷人(えぞじん)の着る半纏(はんてん)についているようなすこぶる単純の直線を並べて角形(かくがた)に組み合わしたものに過ぎぬ...
夏目漱石 「倫敦塔」
...夷人跳梁の有様をつぶさに見た...
服部之総 「志士と経済」
...彼が蝦夷人と交際したのではなく...
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」
...蝦夷人(えぞびと)の子を養うて何ほどに教育するも...
福沢諭吉 「徳育如何」
...彼らのうちの一人である佐藤行信は蝦夷拾遺(えぞしゅうい)に書き記(しる)して云った――「イシカリ川、その源は遠く山間に発し、委蛇(いい)として西海に入る、沿岸は渺漠(びょうばく)たる大原野ありて四方便利の地たり、これを開かば一大国府となるべし」ついで、著名な探険家であった近藤重蔵は時の政府に「イシカリ川の義は、総蝦夷地の中央第一の大河にして、水源までおよそ百里の間、左右うち開け候平地沃野のみにて樹林鬱茂(うつも)、夷人所々に住居、川上まで、夷人粮魚(りょうぎょ)おびただしくこれあり」と書をたてまつった...
本庄陸男 「石狩川」
...「夷人の船など傭うて来なさったのはあんたじゃった...
本庄陸男 「石狩川」
...相手は夷人のうちの赤夷(あかえびす)...
本庄陸男 「石狩川」
...あの緋ラシャのダン袋服を着た夷人が乗りこんで来た...
本庄陸男 「石狩川」
...大名の居らんところには家臣団も居らんはずじゃが――蝦夷人の大名があったや否やについては一向に存じとらんが...
本庄陸男 「石狩川」
...夷人の服装をつけたそれらの男に今は並々ならぬ好意を覚えた...
本庄陸男 「石狩川」
...夷人に促われて夷人の都に拉(らっ)し去られた...
本庄陸男 「石狩川」
...あのときは夷人の船に乗せられたのだ...
本庄陸男 「石狩川」
...夷人是ヲ被テ雨ヲシノグ...
牧野富太郎 「植物記」
...夷人祭祀ごとに烏牛(くろうし)...
南方熊楠 「十二支考」
...』『神戸の夷人(ゐじん)さん処(とこ)...
與謝野寛 「蓬生」
...何故(なぜ)真面目(まじめ)に成つて夷人(ゐじん)さんの語(ことば)が習へないのかなあ...
與謝野寛 「蓬生」
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