...彼の軍艦咸臨丸(かんりんまる)に便乗(ぴんじょう)したるが...
石河幹明 「瘠我慢の説」
...幕府の軍艦にて咸臨丸(かんりんまる)は長崎滞泊中は該艦に乗組の医官無くして...
関寛 「関牧塲創業記事」
...咸臨丸(かんりんまる)は...
高山毅 「福沢諭吉」
...あらしにもまれてこわれた咸臨丸(かんりんまる)も...
高山毅 「福沢諭吉」
...諭吉(ゆきち)たち咸臨丸(かんりんまる)の一行(こう)は...
高山毅 「福沢諭吉」
...安政五年には十八歳で軍艦頭取矢田堀景藏について咸臨丸に乘り組んだことがあり...
徳永直 「光をかかぐる人々」
...ついこの間まで汽船を見たこともなかった日本の汽走軍艦咸臨丸(かんりんまる)である...
服部之総 「咸臨丸その他」
...三その咸臨丸――二百五十トン――は「蒸汽船とはいえ蒸汽は百馬力ヒュルプマシーネと申して港の出入に蒸汽を焚(た)くばかり航海中は唯(ただ)風を便りに運転せねばならぬ...
服部之総 「咸臨丸その他」
...内二隻はオランダから買入れた咸臨丸と朝陽(ちょうよう)丸...
服部之総 「咸臨丸その他」
...……みぜんにふせぐことが出来れば、それに越したことはないが、さもなければ、たいへんな幕府の損害になる……」いよいよ、ささやくような声になって、「お前も、多少は聞いているだろうが、こんど幕府が外国から買い入れた、例の咸臨丸、これは、和蘭陀(おらんだ)のかんてるくというところで建造された軍艦で、木造蒸気内車(もくぞうじょうきうちぐるま)、砲十二門(もん)、馬力(ばりき)百、二百十噸(とん)というすばらしいやつだ...
久生十蘭 「顎十郎捕物帳」
...咸臨丸の金、二十五万両が東海道をくだることを聞きこみ、江戸の悪者どもをかりあつめて海道に配置し、自分らはここで勢揃いをし、用金の後を追って、まさに発足(ほっそく)しようとしている危(きわ)どいところだった...
久生十蘭 「顎十郎捕物帳」
...船の名を咸臨丸(かんりんまる)と云う...
福澤諭吉 「福翁自伝」
...今度咸臨丸(かんりんまる)の航海は日本開闢(かいびゃく)以来...
福澤諭吉 「福翁自伝」
...浦賀に上陸して酒を飲む咸臨丸(かんりんまる)の出帆は万延元年の正月で...
福澤諭吉 「福翁自伝」
...咸臨丸は先に出帆して先ず浦賀に泊(とまっ)た...
福澤諭吉 「福翁自伝」
...その咸臨丸(かんりんまる)と云うのは百馬力の船であるから...
福澤諭吉 「福翁自伝」
...それは最初日本の咸臨丸(かんりんまる)が亜米利加に着(つい)たとき...
福澤諭吉 「福翁自伝」
...晴れの軍服を光らして日本の軍艦咸臨丸を歓迎したのであると...
福澤諭吉 「福翁自伝」
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