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林不忘 「安重根」
...去年十一月七日、英国船一艘、那覇へ来着、彼国軍機大臣より、更に有無之品、致交易度(こうえきいたしたき)趣之書状持越、又者右船乗頭よりも、同様交易筋之儀申聞候に付、去午年、仏国大総兵交着之節、和好交易等相断候趣を以て――「誰から、左様の物を手に入れた」斉興は、大声で云って、久光を、睨みつけた...
直木三十五 「南国太平記」
...午年(うまどし)の男と言うように」「はい」「家を出てから今日で七日目になるということや...
中里介山 「大菩薩峠」
...戊午年以来種々姦吏の徒に心を合はせ...
中里介山 「大菩薩峠」
...たまたま翌年が午年なので...
中村清太郎 「ある偃松の独白」
...白馬岳の代馬(しろうま)(えと文)午年の縁起を担ぐのではないが...
中村清太郎 「ある偃松の独白」
...あいにく午年生れで...
久生十蘭 「ノンシャラン道中記」
...去る午年西洋諸國と御條約御取結に相成...
福澤諭吉 「御時務の儀に付申上候書付」
...文化七午年十二月十二日小通事末席被仰付...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...書上は此を「寛延三庚午年」としてゐる...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...錦橋は書上に「天明八戊午年人始て曼公の術ある事をしる」と云つた...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...「時天明八戊午年人始て曼公の術あることを知る」と云ふ文である...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...歴史に残っている午年(うまどし)の大火である...
森鴎外 「護持院原の敵討」
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