...彼は「両度目」の失敗を招いた...
...明日「両度目」の試合がある...
...「両度目」の訪問には、彼女も同行する...
...会議は「両度」行われる予定だ...
...「両度」の確認が終わったら、書類を提出してください...
...その被害者が両度とも同じである筈ではないか...
海野十三 「不思議なる空間断層」
...いかに両度の先登の功があつたとはいへ...
太宰治 「右大臣実朝」
...一年両度緑(みどり)になり黄(き)になり命(いのち)を与うる斯二十万坪の活(い)きた土は...
徳冨健次郎 「みみずのたはこと」
...ずっと昔は毎月二十一日に、後には年に両度、その後は年に一度、四月の二十一日、真行草(しんぎょうそう)の三つの品の中、真の道中は新艘(しんぞう)の出る時、そうしてこれは、最も普通の意味における道中、太夫が館と揚屋を歩くだけのこと...
中里介山 「大菩薩峠」
...大阪両度の陣、島原の乱、共に浪士の乱ともいうべきものであったから、幕府は浪人の取締を厳重にする必要を認め、特に島原の乱の起った寛永十四年から五人組制度を整備し、比隣検察の法を励行したことは、我輩の「五人組制度」中に論じて置いたところである...
穂積陳重 「法窓夜話」
...毎年越中魚津村山王より一両度常のより大きく薄白毛の猴舟津町藤橋を渡りてここへ使に参る(『高原旧事』)...
南方熊楠 「十二支考」
...両度秋期無片翳...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...賞を受くること両度に及んだ...
森鴎外 「渋江抽斎」
...両度とも神社に夜の宮籠(みやごも)りがあり...
柳田国男 「年中行事覚書」
...また両度の行事が互いによく似ていた...
柳田国男 「年中行事覚書」
...両度の八日節供を相対立するものとして...
柳田国男 「年中行事覚書」
...昭和九年二月十七日と同年十月三十一日の両度に亘り日比谷公会堂で...
山下博章 「「プラーゲ旋風」の話」
...すでに両度まで面会しておるということです...
山本周五郎 「樅ノ木は残った」
...それから利春は十二年後の弘化元年の春(二十八歳)と嘉永元年春(三十二歳)と両度上京した...
夢野久作 「梅津只圓翁伝」
...両度まで黒田父子の善戦で...
吉川英治 「黒田如水」
...しかもその両度とも蜀軍は戦い利あらず...
吉川英治 「三国志」
...十月五日両度の呼び出しもさしたる鞠問もなくして...
吉田松陰 「留魂録」
...これよりさき九月五日、十月五日、両度の吟味に、吟味役までつぶさに申し立てたるに、死を決して要諌す、かならずしも刺しちがへ、切り払ひなどの策あるにあらず...
吉田松陰 「留魂録」
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