...二十年前までは椿岳の旧廬(きゅうろ)たる梵雲庵の画房の戸棚の隅には椿岳の遺作が薦縄搦(こもなわから)げとなっていた...
内田魯庵 「淡島椿岳」
...黒田(くろだ)の廬戸(いほど)の宮二にましまして...
稗田の阿礼、太の安万侶 「古事記」
...余旧廬を去りてより花を見ること稀なれば...
永井荷風 「断腸亭日乗」
...今年草廬(そうろ)を麻布に移すやこの辺の地味花に宜しき事大久保の旧地にまさる事を知る...
永井荷風 「偏奇館漫録」
...陵の供廻(ともまわ)りどもの穹廬(きゅうろ)がいくつか...
中島敦 「李陵」
...晉になると九江の廬山の松が珍重され...
中谷宇吉郎 「硯と墨」
...一結廬古城下(いほりをむすぶこじようのした)時登古城上(ときどきのぼるこじようのうへ)古城非疇昔(こじようむかしのままにあらず)今人自来往(こんじんおのずかららいあうす)坂を登り...
牧野信一 「三田に来て」
...癸酉の歳に廬照隣(ろせうりん)と云ふものが孫の家に寓してゐた...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...」阪谷朗廬(さかたにらうろ)は関藤々陰(せきとうとういん)の此日の挙措を叙して下(しも)の如く云つてゐる...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...阪谷朗廬(さかたにらうろ)撰の墓誌には...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...静廬は子之助が十四歳の時...
森鴎外 「細木香以」
...いわゆる伝経廬(でんけいろ)である...
森鴎外 「渋江抽斎」
...隠れたる草廬(そうろ)の君子...
吉川英治 「三国志」
...「いま先生の廬(いおり)をお訪ねして...
吉川英治 「三国志」
...草廬(そうろ)に抱いていた理想の実現であったのである...
吉川英治 「三国志」
...連れ立って草廬(そうろ)を出た...
吉川英治 「新・水滸伝」
...家光の再三の召しに依って出廬(しゅつろ)した沢庵は...
吉川英治 「随筆 宮本武蔵」
...容易に余生の安廬(あんろ)より起って出ぬに相違ない...
吉川英治 「宮本武蔵」
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