...子息の左中将も真相をくわしく聞いていることであったからこれも笑いを洩(も)らさないではいられなかった...
紫式部 與謝野晶子訳 「源氏物語」
...貝姫は櫛笥左中将隆致(くしげさちゆうじやうたかむね)の女で...
森鴎外 「椙原品」
...櫛笥(くしげ)左中将隆致(たかむね)の女(むすめ)だったからである...
山本周五郎 「樅ノ木は残った」
...けれどこれもまた左中将義貞の名をいよいよ三軍のうえに重からしめるものであることは言(げん)をまたない...
吉川英治 「私本太平記」
...もしお厭(いと)いなくば」「それがわからぬ」「どうしてですか」「みかどのお心も」「でもお上には左中将との一約...
吉川英治 「私本太平記」
...「左中将さま...
吉川英治 「私本太平記」
...「左中将どのへ、今日は親しくお会いなされましてございまするか」やがて室に灯を見ると、左近は案じ顔の下から、正成へそっとたずねた...
吉川英治 「私本太平記」
...左中将どのへ御献策あるように――正季が申しおりましたと」「正季の言伝(ことづ)てか」「ええ...
吉川英治 「私本太平記」
...……かつは左中将どのの不人望と...
吉川英治 「私本太平記」
...左中将義貞をさして...
吉川英治 「私本太平記」
...左中将どのの許へも...
吉川英治 「私本太平記」
...顕家の奥州軍は、はや、都をひきはらって、みちのくへ帰る――と町ではさかんに沙汰されているのに、「左中将どのは、まだか」「まだ播磨(はりま)への御発向にはいたらぬのか」と一面では、しきりに、そのほうがいぶかられていた...
吉川英治 「私本太平記」
...尊氏討伐の総帥(そうすい)たる左中将義貞は...
吉川英治 「私本太平記」
...隆光左中将定平(さだひら)中御門(なかみかど)ノ宰相(さいしょう)宣明(のぶあき)園の中将基隆(もとたか)甘露寺左大弁(さだいべん)藤長一条ノ頭(とう)の中将行房坊門の清忠等々の殿上(てんじょう)から...
吉川英治 「私本太平記」
...新田左中将義貞、子息義顕(よしあき)、脇屋右衛門ノ佐(すけ)義助、一子式部大輔(だゆう)義治(よしはる)...
吉川英治 「私本太平記」
...左中将が」「義貞が...
吉川英治 「私本太平記」
...さきには左中将の顕職(けんしょく)をさずけられ...
吉川英治 「私本太平記」
...それには贈三位左中将(ぞうさんみさちゅうじょう)とございました)と...
吉川英治 「梅里先生行状記」
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