...やはり浦上の山里村(やまざとむら)に...
芥川龍之介 「おぎん」
...七里村の恵林寺と申すのはいずれでござりましょうな」「恵林寺は...
中里介山 「大菩薩峠」
...七里村恵林寺へ着いた与八...
中里介山 「大菩薩峠」
...大里按司の女と婚して舜天を生ましめたと云ふ大里村である...
濱田耕作 「沖繩の旅」
...里村はもうあきらめているらしかったが...
平林初之輔 「頭と足」
...一つあいつの女房のとこへでも電報を打って俺の頭のよさを自慢してやろうかな」里村は途々(みちみち)ひとり考えて悦に入った...
平林初之輔 「頭と足」
...「綾里村快挙録」(――)〔一九四〇年六月〕...
宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
...「磔茂左衛門」や「綾里村快挙録」が生れたこと...
宮本百合子 「獄中への手紙」
...里村昌億翁以本書...
森鴎外 「壽阿彌の手紙」
...里村二代昌叱(しやうしつ)...
森鴎外 「壽阿彌の手紙」
...里村宗家は恐くは壽阿彌の師家であつたのだらう...
森鴎外 「壽阿彌の手紙」
...武蔵西多摩郡三里村大字高尾字崩崖上(ままうえ)という地名もある...
柳田國男 「地名の研究」
...山梨県西山梨郡国里村国玉)九州の南の端...
柳田國男 「日本の伝説」
...「そのとき、こと面倒で片づけたのがいかなかった」と安芸は続けて云った、「こちらがへこんだとみたのであろう、こんどは小里村、赤生津の二カ所で地境を侵しはじめ、また、深谷でも大窪村の西にある田地十町あまりを、若生(わこう)半右衛門に分与した、――これはあまりに涌谷をふみつけにした仕方だ、こちらの領分を、式部の欲のために削り取ったというだけならまだよい、けれども、さらに二カ所で地境を侵し、かすめ取った土地を他の人間に与えるということは、もはや単なる欲のためではなく、涌谷を嘲弄(ちょうろう)するものだといわなければならない」そうではないか、と安芸は甲斐を見た...
山本周五郎 「樅ノ木は残った」
...登米郡赤生津(あこうづ)と遠田郡小里村の件は...
山本周五郎 「樅ノ木は残った」
...お弟子の兼如(けんにょ)と御姻戚(ごいんせき)の里村昌叱(しょうしつ)どのを加え...
吉川英治 「新書太閤記」
...白湯(さゆ)一杯たまわらぬか」連歌師(れんがし)の里村紹巴(さとむらじょうは)は...
吉川英治 「新書太閤記」
...光秀と親交のあった吉田兼和(よしだけんわ)や里村紹巴(さとむらじょうは)などの召喚(しょうかん)されたことが...
吉川英治 「新書太閤記」
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