...私は今(いま)上醍醐(かみだいご)の山坊で...
薄田泣菫 「茸の香」
...又太閤は三成以下の五奉行に旨を啣(ふく)め、二月朔日(ついたち)までに諸役人共悉(こと/″\)く伏見へ着到するように国々へ廻文を出させたので、当日までに集まった武士を始め、大工、土工、人足等の総数は二十五萬人に達し、醍醐(だいご)、山科(やましな)、比叡山雲母坂(きらゝざか)より大石を引き出すこと夥(おびたゞ)しく、堀普請などは、幾つにも区分けをして奉行衆が代る/″\人夫を督励し、見る/\うちに掘って行ったと云う...
谷崎潤一郎 「聞書抄」
...醍醐帝と此の大臣とが密(ひそ)かに謀(はか)って世間の奢(おご)りを戒めたと云う話なども伝わっている...
谷崎潤一郎 「少将滋幹の母」
...後伏見院後醍醐院の二代は豪信法印の畫きしものと言はるゝが...
内藤湖南 「日本の肖像畫と鎌倉時代」
...後醍醐(ごだいご)天皇の御親政は...
中里介山 「大菩薩峠」
...醍醐までお花見と言ってもそれは成り立ちません...
中里介山 「大菩薩峠」
...後醍醐の無謀もわかりながら...
吉川英治 「私本太平記」
...後醍醐が現われると...
吉川英治 「私本太平記」
...さらには、後醍醐帝のほか、典侍の女性三名もそれぞれ輿(こし)のうちである...
吉川英治 「私本太平記」
...後醍醐のお背と三里へ...
吉川英治 「私本太平記」
...後醍醐帝の今の世をさす...
吉川英治 「私本太平記」
...ずいぶん後醍醐にも准后の廉子(やすこ)にも...
吉川英治 「私本太平記」
...後醍醐はお迷いらしい...
吉川英治 「私本太平記」
...後醍醐の雄弁を、こんどは彼が取って代ったかたちであった...
吉川英治 「私本太平記」
...こればかりは申しわけないと、彼もつねに、そのことは、ひとから触れられるのも怖れていたほどであり、たしかに、後醍醐にすれば、なかなかお恨みの消されぬ一事であるにちがいない...
吉川英治 「私本太平記」
...さようなお情けをもたれるのではありましょうが」「何も知らぬとは?」「後醍醐のお企(くわだ)てがいかに深いものかということをです」「知らぬことはない」「いや...
吉川英治 「私本太平記」
...隠岐(おき)へ島流しとなる後醍醐天皇のみじめなくだりを次回から書かねばならない...
吉川英治 「随筆 私本太平記」
...世尊寺流(せそんじりゅう)とか醍醐風(だいごふう)とかいうような...
吉川英治 「鳴門秘帖」
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