...日本書紀(にほんしよき)に七年夏四月乙未朔辛酉...
伊東忠太 「日本建築の發達と地震」
...すぐに初酉(はつとり)なのに今年は例年よりあたたかくて...
武田麟太郎 「一の酉」
...八日、乙酉、将軍家以下二所より御帰著...
太宰治 「右大臣実朝」
...廿二日、己酉、霽、地震、鷺の怪の事、御占を行はるるの処、重変の由之を申す、仍つて御所を去つて、相州の御亭に入御、亭主は他所に移らると云々...
太宰治 「右大臣実朝」
...それで神武天皇即位紀元の辛酉から齊明天皇の六年庚申までを一蔀完終として居る...
内藤湖南 「日本文化の獨立」
...毎年酉の市の夜は...
永井荷風 「断腸亭日乗」
...御新造さんは酉刻(むつ)半(七時)頃様子を見に行って...
野村胡堂 「銭形平次捕物控」
...お直が死んだのは酉刻半(むつはん)(七時)頃で...
野村胡堂 「錢形平次捕物控」
...越後屋の内儀のお酉(とり)と...
野村胡堂 「錢形平次捕物控」
...あわよくば後添へのお酉(とり)か...
野村胡堂 「錢形平次捕物控」
...お酉(とり)さまへ諸共(もろとも)にと言(い)ひしを道(みち)引違(ひきたが)へて我(わ)が家(や)の方(かた)へと美登利(みどり)の急(いそ)ぐに...
樋口一葉 「たけくらべ」
...『酉陽雑俎』に、蛇交(つる)むを見る人は三年内に死す...
南方熊楠 「十二支考」
...わたくしは唯山陽の「歳癸酉...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...酉(とり)の下刻に西丸目附徒士頭(かちがしら)十五番組水野采女(うねめ)の指図で...
森鴎外 「護持院原の敵討」
...今夕(こんせき)酉(とり)の下刻(げこく)から亥(い)の刻のあいだに...
吉川英治 「神州天馬侠」
...酉(とり)の上刻(午後五時)...
吉川英治 「新書太閤記」
...たとえば法住寺殿(ほうじゅうじでん)合戦の当日の記事でも、九条兼実の玉葉には「――十一月十九日、己酉(キイウ)、天(テン)陰(カゲ)ル、時々小雨」とあるが、藤原経房の吉記(きっき)だと「十一月十九日、己酉、天(テン)霽(ハ)レル」とあり、その日の天候さえ、人によって表現がちがう...
吉川英治 「随筆 新平家」
...舞はまだ午四剋から酉(とり)四剋まで続くのであるがあとは略して右の三例を考えてみよう...
和辻哲郎 「古寺巡礼」
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