...襄陽では、温は刺史(しし)徐商(じょしょう)の下(もと)で小吏になって、やや久しく勤めていたが、終(つい)に厭倦(えんけん)を生じて罷(や)めたのである...
森鴎外 「魚玄機」
...この襄陽の城は、山を負い、水をめぐらしている...
吉川英治 「三国志」
...孫策を扶けて襄陽城外から漢江まで無二無三逃げて来たが...
吉川英治 「三国志」
...襄陽は、新野(しんや)をさること遠かった...
吉川英治 「三国志」
...頭から襄陽の会の不埓(ふらち)をなじって武士たちに...
吉川英治 「三国志」
...襄陽の市街から孔明の家のある隆中(りゅうちゅう)へ行くには...
吉川英治 「三国志」
...いずれも襄陽(じょうよう)の学界で著名な人士である...
吉川英治 「三国志」
...――君いま、勢いに乗って、江夏、襄陽を衝き、楚関(そかん)にまで兵をおすすめあれば、やがて、巴蜀(はしょく)を図(はか)ることも難しくはございますまい」「よく申した...
吉川英治 「三国志」
...あなたのご存じなのは、それだけであろうが、もっと痛心に耐えないことが起っている」「何です? これ以上、痛心にたえないこととは」「故太守が亡くなられて、まだ墳墓の土も乾かないうち、この荊州九郡をそっくり挙げて、曹操へ降参の書を呈したという一事です」「えっ、ほんとですか」「偽りはありません」「それが事実なら、なぜ貴君には、直ちに、喪(も)を弔(とむら)うと号して、襄陽に行き、あざむいて幼主劉をこちらへ、奪い取り、蔡瑁、蔡夫人などの奸党閥族(かんとうばつぞく)を一掃してしまわれないのですか」日頃、温厚な伊籍すら、色をなして、玄徳をそう詰問(なじ)るのであった...
吉川英治 「三国志」
...書を襄陽へ送って...
吉川英治 「三国志」
...彼は襄陽(じょうよう)を立つときから...
吉川英治 「三国志」
...かくて南郡、襄陽、荊州の三城は、血もみずに、孔明の一握(あく)に帰してしまったものである...
吉川英治 「三国志」
...襄陽から追い落されて...
吉川英治 「三国志」
...孔明がまだ襄陽郊外の隆中に居住していた頃から...
吉川英治 「三国志」
...「世々襄陽(じょうよう)の名望家で...
吉川英治 「三国志」
...――あとは人の問題ですが」王甫はやがて襄陽へ戻ってきて...
吉川英治 「三国志」
...襄陽にも長くいられなかった...
吉川英治 「三国志」
...ご辺を如何に待遇するかは、その上でまた考えるから」と取りあえず、散騎常侍、建武将軍の役に任じて、襄陽へ赴かせた...
吉川英治 「三国志」
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