...彼は革命軍の褊裨を以て甘ぜむには...
芥川龍之介 「木曾義仲論(東京府立第三中学校学友会誌)」
...……阿闍梨は褊袗(へんさん)の襟を正して...
芥川龍之介 「道祖問答」
...褊狭者(ひねくれもの)の主筆が買つてやつたのだと云ふ...
石川啄木 「病院の窓」
...それに褊衫(けさ)を被(き)せて封をし...
田中貢太郎 「蛇性の婬」
...それに褊衫(けさ)を被せて封をし...
田中貢太郎 「雷峯塔物語」
...大臣(おおおみ)・大連(おおむらじ)これが褊裨(へんぴ)たり...
徳富蘇峰 「将来の日本」
...小膽褊狹毫も人材を籠葢するの才なしと或は彼を政界の死人なりと笑ひ...
鳥谷部春汀 「明治人物月旦(抄)」
...議會開設以來屬僚は常に褊僻なる國家至上權と...
鳥谷部春汀 「明治人物月旦(抄)」
...小胆褊狭毫も人材を籠葢するの才なしと或は彼を政界の死人なりと笑ひ...
鳥谷部春汀 「明治人物月旦(抄)」
...議会開設以来属僚は常に褊僻なる国家至上権と...
鳥谷部春汀 「明治人物月旦(抄)」
...褊陋(へんろう)甚しきわが一家の趣味は...
永井荷風 「十日の菊」
...褊狭(へんきょう)なる自家の旧趣味を棄てて後(おく)れ走(ば)せながら時代の新俚謡(しんりよう)に耳を傾けようと思ったのである...
永井荷風 「十日の菊」
...韓愈の見解或は褊狭(へんきょう)に走れるや知るべからず幕府の政令苛酷に過ぎたるや亦知るべからず...
永井荷風 「偏奇館漫録」
...自分は一體褊狹な人間なのであらう...
長塚節 「教師」
...されども歌人皆頑陋(がんろう)褊狭(へんきょう)にして古習を破るあたわず...
正岡子規 「曙覧の歌」
...残忍酷薄の人たらずんば必ず猜疑褊狭(さいぎへんきょう)の人たるべきなり...
正岡子規 「病牀譫語」
...かえって父栄玄の褊狭(へんきょう)な気質を受け継いでいた...
森鴎外 「渋江抽斎」
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