...なにぶん宜しくお願い申します」平次は用意の束脩(そくしゅう)を二人分...
野村胡堂 「銭形平次捕物控」
...脩心学とはこの理に基き...
福沢諭吉 「学校の説」
...然らばすなわち人として脩心の学を勤めざる者は...
福沢諭吉 「学校の説」
...その美を欲するはあたかも我が家屋を装い庭園を脩(おさ)め...
福沢諭吉 「教育の目的」
...また徳義のみを脩(おさ)めて智恵の働あらざる者は石の地蔵にひとしく...
福沢諭吉 「文明教育論」
...一月(いちげつ)に保が山田脩の家から本所横網町(よこあみちょう)の鈴木きよ方の二階へ徙(うつ)った...
森鴎外 「渋江抽斎」
...脩は廃藩と同時に横川邸の番人を罷(や)められて...
森鴎外 「渋江抽斎」
...山田脩は亀沢町の陸の許(もと)に移った...
森鴎外 「渋江抽斎」
...山田脩をして居宅を索(もと)めしめた...
森鴎外 「渋江抽斎」
...山田脩はその家から府庁電信局に通勤していた...
森鴎外 「渋江抽斎」
...烏森町の家には水木を遺(のこ)して母に侍せしめ、かつ優、脩、勝久の三人をして交る交るその安否を問わしめた...
森鴎外 「渋江抽斎」
...脩の嫡男終吉(しゅうきち)がこの年十二月一日に鷹匠町二丁目の渋江塾に生れた...
森鴎外 「渋江抽斎」
...この月十二日に脩の三男忠三さんが生れた...
森鴎外 「渋江抽斎」
...三十五年には脩が十月に秀英舎を退いて京橋宗十郎町(そうじゅうろうちょう)の国文社に入(い)り...
森鴎外 「渋江抽斎」
...脩の長女花が三月十五日に六歳で歿した...
森鴎外 「渋江抽斎」
...蓋し心に思ふより口に言はるゝなりとは思想界に於て正当に来るべき順序にして思想は必ず脩辞(しうじ)の前に来る者なり...
山路愛山 「明治文学史」
...「元禄風」と曰ふが如き皆是れ脩辞上の題目にして...
山路愛山 「明治文学史」
...蓋(けだ)し脩辞を以て直(たゞ)ちに文学の全躰なりとするものは未だ文学を解せざる者なり...
山路愛山 「明治文学史」
便利!手書き漢字入力検索