...耶蘇教信者はとつくの昔に到達してゐると云ふだけの話だ...
阿部次郎 「三太郎の日記 第二」
...耶蘇教でもなく社會主義でもない私自身のその時の心情がにじみ出てゐると思ひます...
石川三四郎 「浪」
...千代子の望みにまかせて耶蘇教式であつた...
岩野泡鳴 「泡鳴五部作」
...一種の自己發明の耶蘇教を傳へるには...
岩野泡鳴 「泡鳴五部作」
...義雄が曾て信じてゐた耶蘇教の神を棄てた當時の樣な心持ちだ...
岩野泡鳴 「泡鳴五部作」
...景教はネストル僧正の派に屬する耶蘇教にして...
イー、エー、ゴルドン 高楠順次郎訳 「弘法大師と景教との關係」
...いつも西洋の耶蘇教のように考えておったから日本の宗教にはならなかったのであります...
高楠順次郎 「東洋文化史における仏教の地位」
...村の耶蘇教会にも日曜毎(にちようごと)に参詣して...
徳冨健次郎 「みみずのたはこと」
...本家の婿は耶蘇教信者で...
徳冨健次郎 「みみずのたはこと」
...東京の某耶蘇教会で賢婦人の名があった某女史は...
徳冨健次郎 「みみずのたはこと」
...彼は昔耶蘇教伝道師見習の真似をした...
徳冨健次郎 「みみずのたはこと」
...其後調布の耶蘇教が衰微(すいび)し...
徳冨健次郎 「みみずのたはこと」
...耶蘇教(やそきょう)信者が八万の都府(とふ)に八百からあると云う...
徳冨健次郎 「みみずのたはこと」
...耶蘇教国の君主すら宣教師を危険視して国外に放逐してゐる位であるなぞと云つて眼の前で十字架をへし折り...
長與善郎 「青銅の基督」
...至るところで彼は耶蘇教を罵(ののし)り...
萩原朔太郎 「小泉八雲の家庭生活」
...耶蘇教土の君士但丁〈(コンスタンチノポル)〉のことに係る...
ヒリモア R. J. Phillimore 柴田昌吉訳 「「ヒリモア」万国公法の内宗教を論ずる章(撮要)」
...我が日本国には耶蘇の名のほかに無名の耶蘇教民あることならんなどと...
福沢諭吉 「日本男子論」
...耶蘇教でも仏教でも信仰のある所には愉快な感じが起るようになった...
正岡子規 「病牀苦語」
便利!手書き漢字入力検索