...もとより憲法により政治については臣民に翼賛の道を広め給うておるのであるけれども...
石原莞爾 「戦争史大観」
...鴉をさえ養い給う神の人に対する愛と護りとを彼に悟り知らしめたのである...
内村鑑三 「ヨブ記講演」
...恥かしと思ひ給うての事か...
高山樗牛 「瀧口入道」
...父御(てゝご)は白井備後守とて天が下の大名小名に知られ給うたお方でござりますと...
谷崎潤一郎 「聞書抄」
...御血統に生れ給うたお方ではないかと思われるほど...
中里介山 「大菩薩峠」
...この一藩の輿論の下に、土佐はまず幕府に向って大政奉還運動を働きかけている、徳川氏に向って、早く政権を朝廷に向けて奉還せよ、それが天下の大勢であるし、また徳川氏の社稷(しゃしょく)を保つ最も賢明の方針だ、大政奉還が一刻早ければ早いだけの効能がある、一刻遅ければ遅いだけの損失がある、ということを、あの藩の策士共はしきりに幕府に向って建議勧誘しているそうだ」「それは利(き)くまい、三百年来の徳川政権を無条件で奉還する、いくら内憂外患頻発(ひんぱつ)の世の中とはいえ、一戦も交えずして政権を奉還する、そんなことは将軍職としてやれまい、将軍職としてはやれても、臣下が肯(がえんず)るということはあるまい、夢だ、空想だ、策士の策倒れだよ」「ところが、存外、それが手ごたえがありそうだということだ、幕府も大いに意が動いているらしいということだ、なんにしても、もはや徳川幕府ではこの時局担当の任に堪え得られない、よき転換の方法があれば、早く転換するのが賢いという見通しは、こと今日に至っては、いかに鈍感なりといえども、気がついていないはずはあるまい、よって、存外、土佐の建策が成功するかもしれない」「そんなことは痴人の夢だよ、天下の幕府でなく、一藩の大名にしてからが、藩政が行詰ったから大名をやめます、藩主の地位を奉還しますとは誰にも言えまい、取るに足らぬ一家にしたってそうじゃないか、みすみす家をつぶすということが、一家の主人としても、オイソレとはやれない、幕府の無条件大政奉還などということは、いくら時勢が行詰ったって、これは夢だよ、それこそ書生の空論だよ、今の時勢だから、書生の空論も、一藩の輿論(よろん)を制するということはできない限りもあるまいが、天下の大権を動かそうなどとは、それは痴人の夢だ」「ところが、存外、痴人の夢でないということを、僕はある方面から確聞した、それに大政奉還は徳川の家をつぶす所以(ゆえん)でなく、これを活かす最も有効の手段だということなんだ、そこに、徳川家と土佐とには、ある黙契が通っているらしい、大政奉還将軍職辞退の名を取って、事実、新政体の主座には、やっぱり慶喜を置く、そうして天下を動揺せしめずして新政体を作る、というのが眼目になっているらしいから、そこで、幕府も相当乗り気になっているらしい、つまり名を捨てて実を取る、名を捨てることによって時代の人心を緩和する、実を取ることによって、やっぱり徳川家が組織の主班である、多少、末梢(まっしょう)のところには動揺転換はあるにしても、根幹は変らないで、しかも、効を奏すれば、時代の陰悪な空気をこれで一掃することができる、至極の妙案だと、乗り気になって動き出したものが幕府側にもあるということだ」「ふーん、してみると、坂本や後藤一輩の書生空論によって、天下の大勢が急角度の転換をする、万一、それが成功したら、また一つの見物(みもの)には相違ないが、同時に徳川家を擁する土佐の勢力というものが、俄然として頭をもたげて来るということになる、慶喜を総裁として、容堂が副総裁ということにでもなるのか」「いや、それが成功したからとて、いちずに土佐が時を得るというわけには参るまい」「失敗しても、土佐は得るところがあって、失うところはないのだ」「だが、諸君、心配し給うな、そんな改革が、仮りに実行されるとしてみても、成功するはずがないから、心配し給うな」「どうして」「たとえばだ、君たち、ここに拙者が坐ったままでいて、そうして、この畳の表替えをしろと言ったところで、それはできまい、畳の表替えをしようというには、そこに坐っている者から座を立たねばならぬ、坐っている奴が、座を立つことをおっくうがって、このまま表替えをしろと言ったってそりゃあ無理だ、家の建替えや根つぎにしてからがそうだろう、天下のことに於てはなおさらだ、攻撃をする、改造をするという時に、中に人間共が旧態依然としてのさばっていて、それで改造や改築ができるか、現状維持をやりながら維新革新をやろうとしたって、そりゃ無理だよ、そんなことができるくらいなら、歴史の上に血は流れないよ、そんなおめでたい時勢というものは、いつの世にもないよ」こういった反駁(はんばく)が、有力な確信を以て一方から叫び出されると、さきに土佐論を演述した壮士が躍起となって、「だから、徳川はいったん大政を奉還し、慶喜は将軍職を去り、諸大名は国主城主の地位を捨てて藩知事となる――そこにまず現状破壊を見て、しかして革新を断行しようというのだ」「それそれ、それがいかにも見え透いた手品だよ、再び言うと、今の畳の表替えだ、この広間なら広間全体の畳の表替えをやろうとするには、この中にいるすべての人と、調度とが一旦、皆の座を去らなければならないのだ、君の言う土佐案なるものは、去らずして去った身ぶりをする、つまり、こちらにいたものがあちらに変り、あちらにいた奴がこっちへ来る、座を去るのではない、座を置き換えるのだ、前の人は前のところにいないけれども、同じ座敷の他のいずれかの畳に坐っていることは同じだ、単に人目をくらますために、人を置き換えただけで、それが畳を換えてくれと要求する朝三暮四(ちょうさんぼし)のお笑い草に過ぎない」「そうだ、その通りだ」と共鳴する者がある...
中里介山 「大菩薩峠」
...若くて美人かね」「そうせき込み給うな...
浜尾四郎 「殺人鬼」
...政治も学問も同一視し給うとの盛意を示すに足るべきことと信ずるなり...
福沢諭吉 「学問の独立」
...はしたなき業(わざ)とのみ落しめ給うことなくば幸いなり...
福田英子 「妾の半生涯」
...ふりかえりてペテロに目をとめ給う...
堀辰雄 「雪の上の足跡」
...B 博士が学者じゃないとバカなことは冗談にも言い給うな...
牧野富太郎 「牧野富太郎自叙伝」
...やがてまたまもなくその第二の希望であった次兄の宮の訃にあい給うたが...
ミシェル・エーケム・ド・モンテーニュ Michel Eyquem de Montaigne 関根秀雄訳 「モンテーニュ随想録」
...この恋愛の熱情を守り給うという女神に願をかけ助けを乞うた...
ミシェル・エーケム・ド・モンテーニュ Michel Eyquem de Montaigne 関根秀雄訳 「モンテーニュ随想録」
...神も彼等を為すがままに放任して屠りに付(わた)し給うたのである(三四の二)...
矢内原忠雄 「帝大聖書研究会終講の辞」
...丞相は大軍を統(す)べ給う身...
吉川英治 「三国志」
...丞相が私を引きつけ給うたものです...
吉川英治 「三国志」
...かつて関将軍が治め給うた領地でした...
吉川英治 「三国志」
...前途を味方し給うものと思われるぞ...
吉川英治 「新書太閤記」
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