...家康は流石(さすが)に徳川三百年の社稷を築いた傑物だけに...
相馬愛蔵 「私の小売商道」
...私はまるで印度の社稷(しゃしょく)を双肩にでも担ったような緊迫した慌(あわただ)しさを感じて...
橘外男 「ナリン殿下への回想」
...実にわが権威ある政治家の脳中には不幸にもいまだわが日本全体の社稷(しゃしょく)人民を網羅するごとき思想の欠乏して...
徳富蘇峰 「将来の日本」
...まず夫が「社稷躰統」の国だという処に存する(『自治民範』)...
戸坂潤 「日本イデオロギー論」
...こうした社稷の崇拝が...
戸坂潤 「日本イデオロギー論」
...朕が祖宗五百年の社稷を全く滅亡せしむるものなりと...
鳥谷部春汀 「明治人物月旦(抄)」
...元祖の后稷並びにその外に公劉が農事に務めた樣に詩の大雅には出て居るが...
内藤湖南 「禹貢製作の時代」
...(六)王柏の説は其の著なる書疑に出で、堯典、皐陶謨、益稷、洪範、多方、立政諸篇に於て、皆其の錯脱に注意し、己が意見を以て更定して居る...
内藤湖南 「尚書稽疑」
...例へば支那の古代に於て、殷と周との開祖の傳説は、殷の方は契(せつ)の母が玄鳥の卵を墮すを拾つて食べたので姙娠し、契を生んだといふ話があり、周の祖后稷は、其母が野に出て巨人の足跡の拇を踏んで、其れに感じて姙娠して生れたと謂はれてゐて、各々別々の傳説であつたのであるが、後に其れが統一されて、后稷の母は帝の元妃、契の母は帝の次妃であるといふことになり、之を兄弟としてしまつた...
内藤湖南 「女眞種族の同源傳説」
......
中里介山 「大菩薩峠」
...周の先祖后稷(こうしょく)ここに棄てられたを...
南方熊楠 「十二支考」
...住民が屋上に供えた稲稷甘蔗等を食い頬に貯えて去る...
南方熊楠 「十二支考」
...社稷(しゃしょく)のためです...
吉川英治 「三国志」
...社稷(しゃしょく)の功臣でした...
吉川英治 「三国志」
...社稷(シャショク)ノ暴ヲ未萌(ミホウ)ニ除キ...
吉川英治 「三国志」
...社稷(しゃしょく)を守り固め...
吉川英治 「三国志」
...米沢三十万石の社稷(しゃしょく)を...
吉川英治 「新編忠臣蔵」
...社稷(しゃしょく)の存亡にもかかわる大事の場合は...
吉川英治 「新編忠臣蔵」
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