...爾後は彼女と一緒に旅行に行くつもりだ...
...少年時代からの夢が、爾後の人生を決めた...
...爾後、彼の成功はますます広がっていった...
...爾後、この問題に対する解決策を模索する必要がある...
...爾後の展開に期待して、その映画を見に行った...
...爾後(じご)訪ふ毎に室内の変化に注目せよ...
芥川龍之介 「大久保湖州」
...爾後の健康は昔日の如くでなく...
石原莞爾 「戦争史大観」
...一八六六年普墺戦争勃発するや六月二日「参謀総長は爾後諸命令を直接軍司令官に与え陸軍大臣には唯これを通報すべき」旨が国王より命令せられ...
石原莞爾 「戦争史大観」
...爾後(じご)大分心易くなった...
大隈重信 「福沢先生の処世主義と我輩の処世主義」
...しかし、彼女は、爾後数週間、彼に言葉をかけなかった...
リットン・ストレチー Lytton Strachey 片岡鉄兵訳 「エリザベスとエセックス」
...ついで将軍家は、このたびの合戦に於いて抜群の勲功をいたした者をお尋ねに相成り、諸将士はこれに対して異口同音に、敵方に於いては朝夷名三郎、御ところ方に於いては匠作泰時さまをお挙げになつて、匠作泰時さまはただちに御前ちかく召されておほめの御言葉を賜りましたが、その時、匠作さまは恥ぢらふ如く内気の笑ひをお顔に浮べ、勲功などとは、もつてのほか、匠作このたびの合戦に於いては、まことにぶざまの事ばかり多く、実はついたちの夜にばかな大酒をいたしまして、二日にはひどい宿酔、それ和田氏の御挙兵と聞きましても夢うつつ、ほとんど手さぐりにて、とにかく甲冑をつけ馬に乗つてはみましたが、西も東も心許なく、ああ大酒はいかん、もののお役に立ち申さぬ、爾後は禁酒だ、と固く心に誓ひ、なほも呆然たるうちに敵兵と逢ひ、数度戦つて居りまするうちに喉がかわいてたまらなくなり、水を、と士卒に言ひつけましたところ、こいつまた気をきかして小筒に酒をつめて差し出しまして、一口のんですぐに酒だと気がつきましたものの、酒飲みの意地汚なさ、捨てるには惜しく、ついさつきの禁酒の誓を破つてごくごくと一滴あまさず飲みほして、これからが本当の禁酒だなどと、まことにわれながらその薄志弱行にはあいそがつきまして、さう言ひながらも昨夜はまた戦勝の心祝ひなどと理窟をつけて少しやつてゐるやうな有様なのでございますから、まだまだ修行はいたらず、とても、おほめにあづかるほどの男ではございませぬ、この後は努めて、大酒をつつしむやうに致しまするから、どうか、このたびの失態は御寛恕のほどを願はしく存じます、としんから恐縮し切つて居られる御様子で汗を流して言上なさいましたが、将軍家をはじめ満座の諸将士ひとしく、この匠作さまの功にほこらぬ美しいお心に敬服なされたやうでございました...
太宰治 「右大臣実朝」
...爾後復た直接に改進黨と關係なかりしは固よりいふを待たず其の黨勢の思ふほど擴張せざりしは盖し亦是れが爲ならずとせんや獨り板垣伯は然らず其の自由黨に於ける十年一日の如く...
鳥谷部春汀 「明治人物月旦(抄)」
...「爾後また誰れと共に語らん!」と言つたさうである...
萩原朔太郎 「足利尊氏」
...そして爾後(じご)今日に至るまで...
萩原朔太郎 「詩の原理」
...爾後(じご)の詩派に感化と暗示とをあたえたことで...
萩原朔太郎 「詩の原理」
...爾後(それから)は...
二葉亭四迷 「浮雲」
...爾後(じご)虎はプレ神の敵となり寄生を滅ぼさんとすると蛇これに加勢した...
南方熊楠 「十二支考」
...爾後一向卵を産まなんだと語る所がある...
南方熊楠 「十二支考」
...爾後(じご)幾多の老人の診察に際して非常な参考となった事を感謝している...
夢野久作 「梅津只圓翁伝」
...爾後(ややのち)...
夢野久作 「ドグラ・マグラ」
...爾後(じご)は干戈(かんか)を交えまいと...
吉川英治 「上杉謙信」
...柴田勝政が戦死し、幕将の多くも、途々(みちみち)惨として、屍(しかばね)を並べてしまった結果、爾後(じご)、柴田勢が大幅な潰乱(かいらん)状態となり終ったのはいうまでもない...
吉川英治 「新書太閤記」
...新スペイン副王は遂に爾後の探検を禁じた...
和辻哲郎 「鎖国」
便利!手書き漢字入力検索
- テニス選手の錦織圭さん: 全豪オープン予選で状態上がらず棄権 🤕
- 野球選手の有原航平さん: ソフトバンクから日本ハムに復帰し、背番号74を選択。 ⚾
- アナウンサーの久米宏さん: 報道番組に革命をもたらした伝説のスターアナウンサー肺がんのため死去📺
