...爾後は彼女と一緒に旅行に行くつもりだ...
...少年時代からの夢が、爾後の人生を決めた...
...爾後、彼の成功はますます広がっていった...
...爾後、この問題に対する解決策を模索する必要がある...
...爾後の展開に期待して、その映画を見に行った...
...爾後(じご)肥後日向に轉戰して...
佐藤一齋・秋月種樹(古香) 山田濟齋訳 「南洲手抄言志録」
...爾後田辺博士のその他の所説について種々の異見を述べることをもっぱらとした人々もあるけれども...
石原純 「社会事情と科学的精神」
...爾後、火器の発達により正面堅固の度を増すに従い、戦闘正面の拡大を来たし逐次、横隊戦術に近似するに至れり...
石原莞爾 「戦争史大観」
...爾後の諸法案も平穏裡に通過を見た...
大鹿卓 「渡良瀬川」
...爾後は漸次に喰量を増し...
関寛 「関牧塲創業記事」
...爾後(じご)再(ふたゝ)び公安(こうあん)を亂(みだ)るに於(おい)ては汝等(なんぢら)が命(いのち)は無(な)いぞよ...
シェークスピヤ William Shakespeare 坪内逍遙訳 「ロミオとヂュリエット」
...」(Physica, 212 a. 21 f.)爾後空間をかかる意味に於ける場処として理解することはスコラ哲学を一貫する本流であった...
戸坂潤 「空間概念の分析」
...爾後(じご)三年ないし五年の後...
新渡戸稲造 「自警録」
...之(これ)と共に爾後(じご)の方針を与(とも)にすると云えば至極(しごく)尤(もっと)もに聞ゆれども...
福澤諭吉 「福翁自伝」
...爾後(じご)不幸にして廉卿氏は世を早ふせられ...
福沢諭吉 「蘭学事始再版序」
...爾後若干年間はこの種初期和算書の著作を主とする時代であった...
三上義夫 「和算の社会的・芸術的特性について」
...爾後一向卵を産まなんだと語る所がある...
南方熊楠 「十二支考」
...爾後、恒例となって諸人妻を迎うるごとに大将に手折(たお)らせたとあるが、これは事の起源を説かんためかかる噺をこじ付けたので、拙文「千人切りの話」に論じた通り、一八八一年フライブルヒ・イム・ブライスガウ板、カール・シュミット著『初婚夜権』等を参するに、インド、クルジスタン、アンダマン島、カンボジヤ、チャンパ、マラッカ、マリヤナ島、アフリカおよび南北米のある部に、もとよりかかる風習があったので、インドで西暦紀元頃ヴァチヤ梵士作『愛天経』七篇二章は全く王者が臣民の妻娘を懐柔する方法を説く...
南方熊楠 「十二支考」
...特に自分の趣味として酒類の合成法に深入りしまして爾後(じご)二十何年の間に幾多の新発見を致しました...
夢野久作 「暗黒公使」
...秀吉は、三木城に、舎弟の羽柴秀長をのこし、そのほかの士馬全軍を移して、爾後、姫路の新城を根拠とすることになった...
吉川英治 「黒田如水」
...――呂布は、先頃、あなたからの恩命に接し、朝廷からは、平東将軍の綬を賜わったので、いたく感激され、その結果、袁術と婚をなす前約を破棄して、爾後(じご)、あなたと親善をかためてゆきたいという方針で――その証(あかし)として、韓胤を縛りあげ、かくの如く、都へ差立てて来た次第でありまする」陳登は、使いの口上をのべた...
吉川英治 「三国志」
...爾後(じご)の報告などがあって後...
吉川英治 「新書太閤記」
...新スペイン副王は遂に爾後の探検を禁じた...
和辻哲郎 「鎖国」
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