...「本木昌造先生は、佐幕黨にはあらざるも、然し痛烈な開國論者であつたために、一時は鎖國論者の非常な的となられ、結局開國論者側からは――佐幕黨なりとの誤解を受け――當時長崎に本木昌造先生を刺さんと、それらの志士が頻りに出入して居たために、身の危險を慮り、京洛に上り、一時某公卿に身を寄せてゐられたこともある――...
徳永直 「光をかかぐる人々」
...聴くも憐(あわ)れな補陀洛渡海の事件が載せてある...
中山太郎 「本朝変態葬礼史」
...その翌々二十一日には将軍が危急(ききゅう)存亡の大事を眼前(がんぜん)に見ながら其(そ)れを棄(す)てゝ置(おい)て上洛して仕舞(しま)うた...
福澤諭吉 「福翁自伝」
...洛内の児童が謡っているのを聞けば...
吉川英治 「三国志」
...袁紹が洛陽以来の仕方を見るに...
吉川英治 「三国志」
...それまでの戦いでは仲達はもっぱら洛陽にあって陣頭に立たなかったといってよい...
吉川英治 「三国志」
...自身はやがて洛陽へ上った...
吉川英治 「三国志」
...こんどの上洛では...
吉川英治 「私本太平記」
...昨今の洛中の混乱ぶりまでを...
吉川英治 「私本太平記」
...ちかく第四次の鎌倉軍が上洛するだろうという噂もたかい...
吉川英治 「私本太平記」
...宮はよく洛外へ狩猟(かり)に出た...
吉川英治 「私本太平記」
...さるを、なぜ洛中を出て、戦場などへ」「いえ、洛中こそが、居るところもない修羅地獄でございました」「おおそうよの...
吉川英治 「私本太平記」
...信長上洛(じょうらく)の催しを叡聞(えいぶん)あらせられて...
吉川英治 「新書太閤記」
...この前、長篠(ながしの)の役後、すぐ上洛して、天機を奉伺(ほうし)したように、この秋も、越前経略の事が終ると、すぐ上洛の途についていた...
吉川英治 「新書太閤記」
...いつでも上洛(のぼ)れる事ではございませぬか』『いつでも? 馬鹿な...
吉川英治 「死んだ千鳥」
...洛内は、行幸を拝む人々で、どこもかしこも人の列であった...
吉川英治 「親鸞」
...その姿に“上洛の木曾義仲”を自分はいつも連想していた...
吉川英治 「随筆 新平家」
...やる、おれは、どうしてもやる」帰国純友の、こんどの上洛は、何の為だったか、わからない...
吉川英治 「平の将門」
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