...なお、あの附近に、名物、そのほかに、たとえば、古代の名建築とか、名画を所持している人とか、名彫刻の保存家とかいうようなところはありませんか」「そうですね、なんにしても東北の北陬(ほくすう)ですから、さのみ名所、名物といってはござらん、まあ、陸前の松島まで参らなければ」「ははあ、松島ですか」「松島まで行きますと、かなり天下に向って誇るべき名所も、名物もござるというものです」「それは、それに違いない」「八百八島――あれは天然がこしらえた名物でござるが、瑞巌寺(ずいがんじ)の建築、政宗公の木像、それから五大堂――観瀾亭と行って、そうそう、あすこに、すばらしい狩野家がござることを御承知でござろうな」「すばらしい狩野家とは?」「瑞巌寺には、永徳と、山楽がありますね」「あ、そうだ、そうだ」その時に、白雲がまた興を呼び起して、膝を打ちました...
中里介山 「大菩薩峠」
...松島へ行く気になったのだ――ただ一人の「永徳」にあこがれて...
中里介山 「大菩薩峠」
...ところが、永徳に限って、これが日本第一の、日本の美術の代表の画人だと、憚(はばか)りなく言うことができます」「永徳のドノ点がエライのです、どういう理由が日本一になるのです」「それを言うには……君たちを教育する意味に於ても、一通り日本の絵画史を頭に入れて置いてもらわなければならないが、そんなことをしている暇はないから、手っとり早く言えばですね、まず、ずっと上代では、絵画はすなわち仏画で、その仏画はみな神品といってよろしく、一とか二とか等級を附すべきものではないが、その神品たる仏画にしてからが、やっぱり支那というものの系統を、度外しては論ずることができないのです...
中里介山 「大菩薩峠」
...狩野永徳がただ一人です...
中里介山 「大菩薩峠」
...松栄を父として生れた永徳が...
中里介山 「大菩薩峠」
...秀吉はまた永徳のための御用建築家をつとめたとも言えるでしょう...
中里介山 「大菩薩峠」
...永徳の時代、友松(ゆうしょう)のあったことも記憶すべきだが、その子に山楽(さんらく)の出でたことこそ忘れてはなりませんよ...
中里介山 「大菩薩峠」
...自分は永徳と信じたい――と語った...
中里介山 「大菩薩峠」
...田山白雲の憧(あこが)れの的(まと)となっている古永徳か...
中里介山 「大菩薩峠」
...永徳でなければならないという見識も主張もないのですから...
中里介山 「大菩薩峠」
...古永徳の扇面であったとか...
中里介山 「大菩薩峠」
...動物画の名人列伝烏の糞と同居した暁斎古来動物の画では、古永徳、応挙、岸駒等の虎、祖仙の猿など有名で、明治になっては雅邦、翠石の虎、東皐、春草の猫、金鳳の狸、栖鳳の猿など聞えている...
山本笑月 「明治世相百話」
...周囲の厚い金泥の襖(ふすま)は永徳(えいとく)風の絢爛(けんらん)な花鳥で息苦しさを感じるほどであった...
横光利一 「比叡」
...おととい、御城内二の丸の大書院で、先生が絵をお描きになっているとき、秀吉様がそのお出来ばえを御覧あそばしたが――その折、秀吉様から、そっと、永徳たのむぞと、お声があったはずでございます...
吉川英治 「新書太閤記」
...絵師になりたい志望でもないわけかの」狩野永徳は...
吉川英治 「新書太閤記」
...絵師の永徳の所におれとの仰せに...
吉川英治 「新書太閤記」
...画師永徳(えいとく)にも...
吉川英治 「新書太閤記」
...絵師永徳にあずけた於通を...
吉川英治 「新書太閤記」
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