...『偃武修文』という言葉は、古代中国の周の武王が戦争を好まなかったため、文化を興し、武を廃したことを表す...
...「均田法」を設けたのは、古代中国の武王が二分法に基づいて農民の土地を整備するために行った制度である...
...史記殷本紀に周武王爲天子...
内藤湖南 「易疑」
...兼愛篇の武王が泰山隧に事ふる祝詞と粗ぼ同じである...
内藤湖南 「尚書稽疑」
...あるいは公然と演説するにしても事実を曲(ま)げて武王(ぶおう)や太公(たいこう)の政策やら人身を攻撃(こうげき)したならば...
新渡戸稲造 「自警録」
...その国を愛するの情は武王自身または太公望呂尚(たいこうぼうろしょう)にも譲らなかったろう...
新渡戸稲造 「真の愛国心」
...主人の言われるところによると――シナの文王武王のように...
蜷川新 「天皇」
...唐土文王武王の如き聖人も...
蜷川新 「天皇」
...「文王の子武王の弟」と史記の周公伝の一節を口にした...
紫式部 與謝野晶子訳 「源氏物語」
...武王(ぶわう)已(すで)に殷(いん)の亂(らん)を平(たひら)げ...
箭内亙訳註 「國譯史記列傳」
...武王の軍師太公望...
箭内亙訳註 「國譯史記列傳」
...武王の馬を押へ止めて諫めて曰く...
箭内亙訳註 「國譯史記列傳」
...武王の左右の近臣...
箭内亙訳註 「國譯史記列傳」
...武王が臣を以て君を弑するは亦暴虐なるに非ずや...
箭内亙訳註 「國譯史記列傳」
...賊といわば、舜も賊、禹も賊、武王、秦王、高祖ことごとく賊ではないか」「お黙りなさい!」孔明は、叱っていう...
吉川英治 「三国志」
...ついに武王立って...
吉川英治 「三国志」
...「昔武王は、紂(ちゅう)を討って、初めに歌い、後に舞ったという...
吉川英治 「三国志」
...武王の兵は、仁義の兵でなかったか...
吉川英治 「三国志」
...先君武王のご遺言もあること...
吉川英治 「三国志」
...生身の観音を拝みたくば「大日本国聖武王の正后光明女の形」を拝めという告げがあった...
和辻哲郎 「古寺巡礼」
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