...(大正元年 八月十四日)葬式一午前十時と云う触込(ふれこ)みなので...
徳冨健次郎 「みみずのたはこと」
...(大正元年 九月十三日)乃木大将夫妻自刃九月十五日...
徳冨健次郎 「みみずのたはこと」
...(大正元年 十月二十八日)展望台に上りて上余の書窓(しょそう)から西に眺(なが)むる甲斐(かい)の山脈(さんみゃく)を破(は)して緑色濃(こ)き近村(きんそん)の松の梢(こずえ)に...
徳冨健次郎 「みみずのたはこと」
...(大正元年 十一月十五日)入営辰(たつ)爺(じい)さん宅(とこ)の岩公(いわこう)が麻布聯隊に入営する...
徳冨健次郎 「みみずのたはこと」
...大正元年暮の二十九日は蒼白(あおじろ)う暮れて行く...
徳冨健次郎 「みみずのたはこと」
...おのがじし舞ひ狂ひつるあともなし世は一色(ひといろ)の雪の夕暮(大正元年 十二月二十九日)読者に(一)読者諸君...
徳冨健次郎 「みみずのたはこと」
...大正元年暮の二十九日...
徳冨健次郎 「みみずのたはこと」
...翌年(大正元年)五月の開所式に間にあわせるため...
久生十蘭 「海豹島」
...(大正元・九・四/「スバル」四巻一〇号 大正元・一〇/『畜生道』 所収)...
平出修 「計画」
...わが泣けばロシヤ少女来て肩撫でぬアリヨル号の白き船室作者が渡欧は大正元年五月で...
平野萬里 「晶子鑑賞」
...十余年我が書き溜めし草稿のあとあるべしや学院の灰作者の新訳源氏物語の出たのは與謝野寛年譜によると大正元年になつてゐるが如何ももつと前のやうな気がする...
平野萬里 「晶子鑑賞」
...乃至は翌年(明治四十三年)の『冬』と言ひ『安息日の晩れがた』と言ひ『記憶』と言ひ又翌々年(明治四十五年――大正元年)の『心』と一緒に纒められた過半の作『智慧の實を食べてより』『洪水前の夜のレヴエレイ』等の凡てと言ひ悉くその心の謎の解け難い苦痛から出てゐる...
福士幸次郎 「太陽の子」
...大正元年、道修町の薬種屋の未亡人が春団治の贔屓となり、巨額を投じてこの人を引き立てた...
正岡容 「初代桂春団治研究」
...恰是正元対椒尊...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...大正元年頃であった...
夢野久作 「近世快人伝」
...天正元年の正月を陣中に迎え...
吉川英治 「上杉謙信」
...それから間もない天正元年には若江に放逐(ほうちく)され...
吉川英治 「随筆 宮本武蔵」
...若狭(わかさ)へ転戦し、続いて、天正元年には、柴田勝家と合体して、滋賀(しが)の石山、堅田など、一向宗の僧軍と戦うなど――殆ど、年ごとの正月にも、甲冑(かっちゅう)を解いて、屠蘇酒(とそざけ)を祝った例はないといっても、過言ではない程だった...
吉川英治 「茶漬三略」
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