...元の四大家の一人と呼ばれる倪(げいさん)などと言ふ先生は竹や梧桐の茂つた中に清閣(せいひかく)と言ふ閣を造り...
芥川龍之介 「文芸鑑賞講座」
...碧梧桐(へきごどう)...
芥川龍之介 「わが俳諧修業」
...その反対の側には六双の屏風が立てられて居るが赤い花の咲き乱れた梯梧の枝に白い鸚鵡(おうむ)が止って居る画が描かれてあった...
池宮城積宝 「奥間巡査」
...殺害ノ予告ノミヲシテ方法及ビ期日ヲセザリシ為メ普通月並ナル脅迫状位ニ思フテ覚梧(死ノ)モセズ...
伊藤野枝 「編輯室より(一九一三年六月号)」
...参集するもの大隈重信、谷干城、三浦梧楼、富田鉄之助をはじめ有志二千余名で、勿論屋内には入りきれずに末枯れの庭を埋めた...
大鹿卓 「渡良瀬川」
...この頃余は碧梧桐君と協議の上本郷竜岡町の下宿に同居していた...
高浜虚子 「子規居士と余」
...そこで余は帰東早々これを碧梧桐君に話し...
高浜虚子 「子規居士と余」
...昨夜も大勢来て居った友人(碧梧桐...
高浜虚子 「子規居士と余」
...私は店主の大田梧郎に相談してみた...
豊島与志雄 「非情の愛」
...清泉大石のもとを流る梧桐の庭ゆく水の流れ去る垣も朽ちねばいますかと思ふ巨椋(おほくら)の池の堤も遠山も淀曳く船も見ゆる此庵桃山の萱は葺きけむ此庵を秋雨漏らば掩はむや誰二十二日...
長塚節 「長塚節歌集 中」
...きのふ朝倉屋より取り寄せ置きし画本を碧梧桐らと共に見る...
正岡子規 「病牀六尺」
...(七月二十一日)七十一○近刊の雑誌『宝船』に甘酒屋打出の浜に卸しけり青々といふ句があるのを碧梧桐(へきごとう)が賞讃して居つた...
正岡子規 「病牀六尺」
...余はどうしても俳句として採ることが出来ぬと思ふやうな句をいつでも碧梧桐が採るといふ事を知つて居る...
正岡子規 「病牀六尺」
...(九月八日)百二十○雑誌『ホトトギス』第五巻第十号東京俳句界の中に茂山(しげやま)の雫(しずく)や凝(こ)りて鮎(あゆ)となり耕村(こうそん)といふ句を碧梧桐(へきごとう)が評したる末に「かつ茂山(もざん)をシゲヤマと読ますこと如何にも窮せずや」とあり...
正岡子規 「病牀六尺」
...」笏梧朗は父親らしい手つきで...
室生犀星 「後の日の童子」
...笏梧朗は、足音を忍ばせ家のなかへはいると、童子は、すぐに見付けた...
室生犀星 「後の日の童子」
...――笏梧朗はなにか考え込んでいたがふと悒々(ゆうゆう)した目をあげた...
室生犀星 「後の日の童子」
...大きな梧桐(あおぎり)のしたへ引きずられていた...
吉川英治 「新編忠臣蔵」
便利!手書き漢字入力検索
