...右の手は南の方インド洋に出まして錫蘭(師子洲)からハワイ(訶陵)、スマトラ(仏逝)その附近のボルネオ、バリというような島を通って、マレー半島に来りシンガポールからカンボジャに行き、そして扶南、林邑、ことごとくインド文明の勢力で新しい文明を作って、これをマレー・インド文明と名づけてよろしい大きな文明が出来まして、その勢力が伸びて五台山まで結び付くようになった...
高楠順次郎 「東洋文化史における仏教の地位」
...そのときのもう一つの中心は臨邑又は林邑といって...
高楠順次郎 「東洋文化史における仏教の地位」
...孝謙女帝が幸二山階寺一奏二林邑及呉楽一などはこの類であろう...
和辻哲郎 「古寺巡礼」
...林邑楽(りんゆうがく)三舞...
和辻哲郎 「古寺巡礼」
...人鳥の扮装をした東大寺林邑楽が...
和辻哲郎 「古寺巡礼」
...伎楽も林邑楽もその独立を失った...
和辻哲郎 「古寺巡礼」
...林邑楽はインドの舞曲で...
和辻哲郎 「古寺巡礼」
...たとい林邑の名を存していても...
和辻哲郎 「古寺巡礼」
...二三の例外を除いてほとんど皆林邑楽の陵王(左)納蘇利(なそり)(右)をプログラムの最後に置いている...
和辻哲郎 「古寺巡礼」
...抜頭(ばとう)などの林邑楽をその中間に加えることもまれでない...
和辻哲郎 「古寺巡礼」
...林邑楽には右のほかに迦陵頻(かりょうびん)...
和辻哲郎 「古寺巡礼」
...林邑楽だけでは解決がつかない...
和辻哲郎 「古寺巡礼」
...そこで前に引用した奏二林邑及呉楽一の呉楽を問題にしてみよう...
和辻哲郎 「古寺巡礼」
...しかしとにかくここに林邑楽とならべられている呉楽は西域楽だろうといわれている...
和辻哲郎 「古寺巡礼」
...林邑楽は南から海を伝って来たインド楽であるから...
和辻哲郎 「古寺巡礼」
...陵王・抜頭などの林邑楽を舞った...
和辻哲郎 「古寺巡礼」
...しかし僧侶が林邑楽を田楽に持ち込んだとあるごとく...
和辻哲郎 「古寺巡礼」
...林邑の音楽・物資等は旺然として隋唐の文化に流れ込んだ...
和辻哲郎 「鎖国」
便利!手書き漢字入力検索
この漢字は何でしょう??
- 力士の剣翔さん: 春場所で15戦全敗を喫し、幕下陥落が確実となった。 😢
- 力士の霧島さん: 大相撲春場所で14場所ぶり3度目の復活優勝を果たした。🥋
- 騎手の武豊さん: G2・阪神大賞典で40年連続重賞制覇を達成した騎手。 🏇
