...其兵を東する能はず...
佐藤一齋・秋月種樹(古香) 山田濟齋訳 「南洲手抄言志録」
...果して然らば「真心の行為は性質の反照なり」と云へる確言を虚妄(きよばう)となすにあらざる以上は太田の行為――即(すなは)ちエリスを棄てて帰東するの一事は人物と境遇と行為との関係支離滅裂なるものと謂(い)はざる可(べ)からず...
石橋忍月 「舞姫」
...三日を居士と共に過ぐしていよいよ帰東することになった...
高浜虚子 「子規居士と余」
...そのひとたび鋒を東するや...
徳富蘇峰 「将来の日本」
...温泉から湯の谷と柳谷との両深谷に挟まれた長峰を一直線に東すること三里半で...
野村胡堂 「天保の飛行術」
...帰東することができない有様だった...
服部之総 「尊攘戦略史」
...大森等に鴻爪(かうさう)の痕を留めて東する...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...更に東すると茨城県の結城(ゆうき)があります...
柳宗悦 「手仕事の日本」
...翌暁まだ熄(や)まぬ雪を履(ふ)んで東する事又五里...
夢野久作 「ドグラ・マグラ」
...伊通河を渡つて東すると...
與謝野寛・與謝野晶子 「満蒙遊記」
...東するか西するか...
吉川英治 「黒田如水」
...事態の急に、京から鎌倉へと、身の処置をきめて行くのもある代りに、また都に祗候(しこう)の主筋や縁故(えんこ)を持つ輩(やから)は、これまたぞくぞく、東国から京へと急ぎ、海道はそのため、西ゆく者、東する者、櫛(くし)の歯を挽(ひ)くが如しじゃと、いわれておる」「いずれにせよ、もはや右顧左眄(うこさべん)しているときではない...
吉川英治 「私本太平記」
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