...慶應義塾の社中にては、西洋の学者に往々自(みず)から伝記を記すの例あるを以(もっ)て、兼てより福澤先生自伝の著述を希望して、親しく之(これ)を勧めたるものありしかども、先生の平生甚(はなは)だ多忙にして執筆の閑を得ずその儘(まま)に経過したりしに、一昨年の秋、或(あ)る外国人の需(もとめ)に応じて維新前後の実歴談を述べたる折、風(ふ)と思い立ち、幼時より老後に至る経歴の概略を速記者に口授して筆記せしめ、自(みず)から校正を加え、福翁自伝と題して、昨年七月より本年二月までの時事新報に掲載したり...
石河幹明 「福翁自伝」
...一昨年の秋、私はたまたま昔の阿蘭陀書房、即ち今日のアルスの北原鐵雄さんに、あなたはうちで出した芥川のものを持つてゐるさうですねえ、といはれて、その北原さんに、羅生門を出されたのは、あなたのおいくつのときでしたと申しましたが、北原さんの年齡、それは必ずしも羅生門のためばかりのわけではなく、芥川さんの始めと終りの二度、芥川さんが生涯で一番元氣であつた時と、おそらくはその中間を空白でゐて、また、一番へこたれてしまつてゐた時とに會つてゐる、北原さんのまはりあはせを承知してゐて、その年齡をたづねたのですが、それはそれとしておきまして、北原さんのさつぱりとした昔話は、少くとも、羅生門出版の由來については、淡々として話をされてゐたが、その因縁は全くもつて初耳のことでありましたから、今日はそれを一寸、みなさんに、お傳へ致しておかうと思ひます...
小穴隆一 「二つの繪」
...それを集めて昨年の秋から読書会といふものが起された...
薄田泣菫 「茶話」
...ところが昨年の秋...
太宰治 「服装に就いて」
...それは一昨年の秋から翌年の冬へかけての悪性感冒の流行でした...
谷崎潤一郎 「途上」
...昨年の秋、病災(びょうさい)不幸(ふこう)などでつい手が廻らずに秋草をとらなかった家の畑である...
徳冨健次郎 「みみずのたはこと」
...昨年の秋鉄道の方でも...
中谷宇吉郎 「凍上の話」
...昨年の秋、まだ本気に南画を始めてから半年も経たぬというのに、大胆にもすっかり道具を持って仙台へ乗り込んだ...
中谷宇吉郎 「南画を描く話」
...附き合ひに心中する氣になつたのか」「附き合ひといふわけではございませんが」「お京とは何時から親しくなつて居るんだ」「一昨年の秋ごろからで」その頃お京は十七...
野村胡堂 「錢形平次捕物控」
...天保十三年の水野忠邦の改革でおさえられ、自然と舶載もとまったが、昨年の秋ごろ、長崎屋という呉服屋が京橋に店をひらき、支那から仕入れた呉絽を一と手に売り出したので、金に糸目をつけぬおおどこの娘や芸者が競って買い求め、年増は小まん結びに、若向きは島原結びというのにするのがこのごろの流行(はやり)...
久生十蘭 「顎十郎捕物帳」
...しかし、槇子だけは好きだったとみえ、昨年の秋ごろ、槇子をもらいたいとたいへん熱心にたのみこんだが、アッサリとはねつけられてしまった...
久生十蘭 「キャラコさん」
...昨年の秋、秋作氏の求婚にたいして、あなた、貧乏だから、いや、と、にべもない返事をしたのは、決して本心ではなかったのだ...
久生十蘭 「キャラコさん」
...一昨年の秋の或る朝...
堀辰雄 「楡の家」
...一昨年の秋百枚近く書いてあった...
宮本百合子 「獄中への手紙」
...宇治へおいでになりますことは昨年の秋ごろから以前よりもはげしくなったようでございます...
紫式部 與謝野晶子訳 「源氏物語」
...それが昨年の秋口になりますと大切な娘のこの唖女(おしやん)が...
夢野久作 「笑う唖女」
...昨年の秋郷里の名古屋から上京して來たとかで亭主は目下某官署の腰辨を勤めて居るのである...
若山牧水 「一家」
...御殿場から歩いてこの広大の野原を横断したのは一昨年の秋であった...
若山牧水 「みなかみ紀行」
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