例文・使い方一覧でみる「明応」の意味


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...明応三年五月の地震は大和が最も強く...   明応三年五月の地震は大和が最も強くの読み方
田中貢太郎 「日本天変地異記」

...明応五年には実隆も堪忍しかねたらしく...   明応五年には実隆も堪忍しかねたらしくの読み方
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」

...日記明応五年四月の条に...   日記明応五年四月の条にの読み方
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」

...明応ごろに中村宮千世丸という名前が同五年三月の日記に見えておる...   明応ごろに中村宮千世丸という名前が同五年三月の日記に見えておるの読み方
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」

...明応四年に片山五郎左衛門...   明応四年に片山五郎左衛門の読み方
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」

...ところが明応元年になって宗祇の取次で千疋を送ってよこしたので...   ところが明応元年になって宗祇の取次で千疋を送ってよこしたのでの読み方
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」

...のみならず舅教秀の歿した明応五年の九月と十月と...   のみならず舅教秀の歿した明応五年の九月と十月との読み方
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」

...明応七年十一月には禁裏からして三荷二合の酒肴を宗祇法師に下さるることになった...   明応七年十一月には禁裏からして三荷二合の酒肴を宗祇法師に下さるることになったの読み方
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」

...実隆は延徳、明応の交、年貢未進で三条西家を困らした越前田野村からの取立てをそのころ北国通いをした宗祇を経て、朝倉家に依頼し、若干の収納を得たことがある...   実隆は延徳、明応の交、年貢未進で三条西家を困らした越前田野村からの取立てをそのころ北国通いをした宗祇を経て、朝倉家に依頼し、若干の収納を得たことがあるの読み方
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」

...明応の末年には、宗祇の摂津行きの次をもって、魚市の件に関する伊丹兵庫助との交渉をやらしたこともある...   明応の末年には、宗祇の摂津行きの次をもって、魚市の件に関する伊丹兵庫助との交渉をやらしたこともあるの読み方
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」

...明応の末年より越後に遊び...   明応の末年より越後に遊びの読み方
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」

...(中略)明応四年乙卯(いつぼう)八月 日沙弥   奉正任左衛門尉 同武明五六 経済学経済学は...   明応四年乙卯八月 日沙弥   奉正任左衛門尉 同武明五六 経済学経済学はの読み方
穂積陳重 「法窓夜話」

...明応七年兵燹(へいせん)にかかりて枯しを社僧祠官等歌よみて奉りたれば再び栄生せりといへり...   明応七年兵燹にかかりて枯しを社僧祠官等歌よみて奉りたれば再び栄生せりといへりの読み方
森鴎外 「伊沢蘭軒」

...鬼子の最も怖ろしい例としては、明応七年の昔、京の東山の獅子(しし)が谷(たに)という村の話が、『奇異雑談集(きいぞうだんしゅう)』の中に詳しく報ぜられている...   鬼子の最も怖ろしい例としては、明応七年の昔、京の東山の獅子が谷という村の話が、『奇異雑談集』の中に詳しく報ぜられているの読み方
柳田国男 「山の人生」

...明応から文亀年間の頃...   明応から文亀年間の頃の読み方
吉川英治 「随筆 宮本武蔵」

...足利将軍の十代義植(よしたね)の明応何年かに...   足利将軍の十代義植の明応何年かにの読み方
吉川英治 「随筆 宮本武蔵」

...明応文亀年間、平田将監という者があって、剣及び十手術に長じ、美作吉野郡の竹山城城主新免氏に仕えたのが中興の人となっている...   明応文亀年間、平田将監という者があって、剣及び十手術に長じ、美作吉野郡の竹山城城主新免氏に仕えたのが中興の人となっているの読み方
吉川英治 「随筆 宮本武蔵」

...やがて明応四年(一四九五)には小田原城を...   やがて明応四年には小田原城をの読み方
和辻哲郎 「埋もれた日本」

「明応」の読みかた

「明応」の書き方・書き順

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