...弘安四年に日本に襲来した蒙古(もうこ)の軍船が折からの颱風のために覆没(ふくぼつ)してそのために国難を免れたのはあまりに有名な話である...
寺田寅彦 「颱風雑俎」
...恐々謹言これは弘安二年己卯(つちのとう)六月二十日に書かれたものだ...
長谷川時雨 「尼たちへの消息」
...弘安二年以後、日蓮聖人五十七歳ごろから六十歳ごろまでにおくられた消息の中に、すずの(種々)御供養(ごくやう)、送給畢(おくりたびをはんぬ)...
長谷川時雨 「尼たちへの消息」
...六月二十七日(弘安元年)同二年十二月二十七日は...
長谷川時雨 「尼たちへの消息」
...弘安三年五月三日の窪尼(くぼのあま)あての文の頭書(とうしよ)などは...
長谷川時雨 「尼たちへの消息」
...文久二年渡欧の船中で松木弘安(まつきこうあん)(後の寺島宗則(てらじまむねのり))らに向い「とても幕府の一手持は六(む)つかしい...
服部之総 「福沢諭吉」
......
福澤諭吉 「福翁自伝」
...互に目的を共にすると云(い)うのは箕作秋坪(みつくりしゅうへい)と松木弘安(まつきこうあん)と私と...
福澤諭吉 「福翁自伝」
...その船長の松木弘安(まつきこうあん)(後に寺嶋陶蔵(てらじまとうぞう)又後に宗則(むねのり))...
福澤諭吉 「福翁自伝」
...この時から松木弘安(こうあん)を改めて寺島陶蔵(てらしまとうぞう)と化けたのです...
福澤諭吉 「福翁自伝」
...弘安五年(1282)に...
牧野富太郎 「植物一日一題」
...次で林述斎は弘安本を活字に附して...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...以弘安本活字刷印...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...阿部家の弘安本覆刻に後るること三年にして刊行せられたのである...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...右弘安二年古写本影...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...『地名辞書』の説では弘安八年の図田帳(ずでんちょう)に...
柳田國男 「地名の研究」
...「弘安四年に、元寇(げんこう)の役があった、そのとき執権時宗は、某(なにがし)とかいう禅僧のところへいって、大事到来せり、いかんか向前(こうぜん)せんと訊いた、禅僧某はかねて時宗の師家だったが、問いに対して、迷惑すべからず、と答えた、時宗は大喝(だいかつ)し、元軍討滅の決意をかためたという」これはおかしい、と甲斐は云った...
山本周五郎 「樅ノ木は残った」
...弘安役に関する記文のある石碑を...
與謝野寛・與謝野晶子 「満蒙遊記」
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