...日本の大国難である弘安の役の終った翌年に亡くなられました...
石原莞爾 「最終戦争論」
...弘安四年に日本に襲来した蒙古(もうこ)の軍船が折からの颱風のために覆没(ふくぼつ)してそのために国難を免れたのはあまりに有名な話である...
寺田寅彦 「颱風雑俎」
...弘安(こうあん)の昔と昭和の今日とでは世の中が一変していることを忘れてはならないのである...
寺田寅彦 「天災と国防」
...いわゆる文永の役、弘安の役が、共に丁度颱風の時期に当っていたことはよく知られている...
中谷宇吉郎 「雑記」
...弘安四年の颱風の時期を選んで...
中谷宇吉郎 「雑記」
...弘安元年五月一日に與へられたのには...
長谷川時雨 「尼たちへの消息」
...六月二十七日(弘安元年)同二年十二月二十七日は...
長谷川時雨 「尼たちへの消息」
...文久二年渡欧の船中で松木弘安(まつきこうあん)(後の寺島宗則(てらじまむねのり))らに向い「とても幕府の一手持は六(む)つかしい...
服部之総 「福沢諭吉」
...弘安三年には江刺郡に祖父河野通信の墳墓を訪ねたとあつて...
原勝郎 「日本史上の奧州」
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福澤諭吉 「福翁自伝」
...この時から松木弘安(こうあん)を改めて寺島陶蔵(てらしまとうぞう)と化けたのです...
福澤諭吉 「福翁自伝」
...例えば文久二年欧行の船中で松木弘安(まつきこうあん)と箕作秋坪(みつくりしゅうへい)と私と三人...
福澤諭吉 「福翁自伝」
...」阿部侯の蔵する所の此孝経は弘安二年九月十三日の鈔写に係る巻子本で...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...その百五十三わたくしは蘭軒が此年文政六年に阿部正精(まさきよ)に代つて弘安本孝経に跋した事を言つた...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...以弘安本活字刷印...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...喜んで弘安本孔伝に跋した...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...なにがしとかいう高家(こうけ)から借りられた弘安礼節という古写本で...
山本周五郎 「樅ノ木は残った」
...弘安(こうあん)十年...
吉川英治 「私本太平記」
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