...亥の二点大地俄に震ふこと甚しく須臾にして大厦高牆を顛倒し倉廩を破壊せしめ...
田中貢太郎 「日本天変地異記」
...また最も甚だしく風水害を被(こうむ)った三千百五十九家のために「開倉廩賑給之(そうりんをひらきてこれにしんごうす)」という応急善後策も施されている...
寺田寅彦 「颱風雑俎」
...曰く〈ここにおいて忠広荘内に百石を給い(その子)光正を飛騨に幽し廩(きりん)百人口を給う...
南方熊楠 「十二支考」
...これを倉廩(そうりん)に収む...
南方熊楠 「十二支考」
...この物倉廩(くら)に籠(こも)る事往々ありと...
南方熊楠 「十二支考」
...関藤々陰(せきとう/\いん)の「菅自牧斎先生墓碣銘」に「茶山先生以儒顕、本藩賜爵禄優待之、比歿、樗平君子孫独先生(自牧斎惟繩)在焉、以姪孫承其後、主郷校、藩給廩米五口、事在文政丁亥」と云つてある...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...次年五月は廩米(りんまい)中より糯米(じゆべい)三俵を取つて柏餅を製し...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...直ちに廩米(りんまい)二万五千俵を発して...
森鴎外 「渋江抽斎」
...(一八)『倉廩(さうりん)實(み)ちて禮節(れいせつ)を知(し)り...
司馬遷 箭内亙訳註 「國譯史記列傳」
...倉廩實而知二禮節一...
司馬遷 箭内亙訳註 「國譯史記列傳」
...田野を求めて家屋倉廩(そうりん)を建て...
夢野久作 「ドグラ・マグラ」
...百千の倉廩(そうりん)から二粒の米を減らすより些少な犠牲でしょう...
吉川英治 「三国志」
...倉廩(そうりん)をひらいて施し...
吉川英治 「三国志」
...城内の財宝倉廩(そうりん)に...
吉川英治 「三国志」
...「倉廩(そうりん)を封じて...
吉川英治 「三国志」
...物資はどっと朝廷の廩倉院(りんそういん)に集積されて...
吉川英治 「私本太平記」
...つづいて公家の廩倉(りんそう)でも...
吉川英治 「私本太平記」
...大炊寮(おおいりょう)の廩院(りんいん)では...
吉川英治 「平の将門」
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