...又五年寛文戊申大通詞に陞る」とあつて...
徳永直 「光をかかぐる人々」
...寛文(かんぶん)延宝(えんぽう)以降時勢と共に俳優の演技漸(ようや)く進歩し...
永井荷風 「江戸芸術論」
...寛文の二年に一万二十五本の総矢数(そうやかず)のうち...
中里介山 「大菩薩峠」
...すなわちそれが寛文六年(1666)に発行せられた中村斎(てきさい)の『訓蒙図彙(きんもうずい)』に出で...
牧野富太郎 「植物一日一題」
...寛文に至りて変ぜんとしていまだ変ぜざる俳諧は...
正岡子規 「古池の句の弁」
...山東京山の近世女裝考には寛文の年號のある勝山の順禮姿の古畫を收め...
三田村鳶魚 「女順禮」
...寛文十一年に至つて...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...それから寛文中の「江戸鑑(えどかがみ)」になると...
森鴎外 「渋江抽斎」
...寛文四年九月二十二日に歿した...
森鴎外 「壽阿彌の手紙」
...初のは寛文六年十一月二十七日の出来事である...
森鴎外 「椙原品」
...これは寛文七年の事で...
森鴎外 「椙原品」
...すでに寛文(かんぶん)十年(一六七〇)という年に...
柳田国男 「海上の道」
...『寛文印知集(かんぶんいんちしゅう)』の終りに附載せられた「琉球郷帳」は島津氏征略の直後に実行した検地の記録であろうが...
柳田国男 「海上の道」
...寛文年中今の字に改めた...
柳田國男 「地名の研究」
...去年(寛文三年)の三月に着任し...
山本周五郎 「樅ノ木は残った」
...馬でゆくぞ」断琴断歌寛文十一年三月二十七日...
山本周五郎 「樅ノ木は残った」
...寛文・貞享のころまで...
山本笑月 「明治世相百話」
...寛文年間、津輕藩に於ける藩政改革とその治水工事に當つた一武士の業蹟を扱つたものであるが、現代の吏道精神にてらして、又、民衆と爲政者との推移を見たり、行きづまつた農村治策などの上からも、何か示唆するものがありはしまいかと思つて書いてみたものだつた...
吉川英治 「折々の記」
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