...趙匡胤は北宋朝の初代皇帝である...
...『水滸』の豪傑がもし方臘(ほうろう)を伐って宋朝に功を立てる後談がなかったら...
内田魯庵 「八犬伝談余」
...自然宋朝の肖像畫の風を傳へたり...
内藤湖南 「日本の肖像畫と鎌倉時代」
...支那に於て、宋朝の肖像畫は、唐の肖像畫とは、其風格に相違あることを認むべく、その證は前述せる『歴代帝后像』に現はれたる宋代の帝后像を見ても知るを得るなるが、其の畫風は唐代の畫よりも、用筆・着色共に細密を尚ぶ樣になりたれども、工匠の手法に傾きて、精采は頗る乏しく、大體に於て宋朝の肖像畫は衰退期のものなることは爭ふべからず...
内藤湖南 「日本の肖像畫と鎌倉時代」
...それで花園天皇の書風も宋朝の書風を加味して居つて...
内藤湖南 「日本文化の獨立」
...宋朝は有名な美男である...
中島敦 「盈虚」
...ついに宋朝の天下を危うくするという大陸的構想の中国水滸伝(すいこでん)は...
吉川英治 「新・水滸伝」
...現宋朝(そうちょう)の徽宗(きそう)皇帝のもとに...
吉川英治 「新・水滸伝」
...宋朝の腐敗に抗し...
吉川英治 「新・水滸伝」
...宋朝(そうちょう)の政(まつり)に腐爛(ふらん)さえなければ...
吉川英治 「新・水滸伝」
...もと宋朝(そうちょう)の禁軍の師範...
吉川英治 「新・水滸伝」
...上(かみ)には宋朝(そうちょう)の政府があり...
吉川英治 「新・水滸伝」
...高(こうきゅう)(宋朝の権力者)に厭(うと)まれ...
吉川英治 「新・水滸伝」
...――宋朝(そうちょう)その頃の風習として...
吉川英治 「新・水滸伝」
...当時、宋朝の文化は、帝室や都府の中心では、はやすばらしい発達途上を示してもいたが、未開大陸の僻地(へきち)では人肉嗜食(ししょく)の蛮風(ばんぷう)などがなお一方にはのこっていたらしい...
吉川英治 「新・水滸伝」
...ときにこの江州一円の奉行閣下(かっか)は、蔡得章(さいとくしょう)なる人で、当代宋朝の権臣、蔡京(さいけい)の九番目の息子にあたるところから、諸人は彼を、蔡九(さいきゅう)さまと、よんでいた...
吉川英治 「新・水滸伝」
...これを宋朝の四大家といっている」「蔡京は書(しょ)ではそんなに偉いのかなあ」「まあ聞け...
吉川英治 「新・水滸伝」
...宋朝の天子へ直々に訴え出ましょう...
吉川英治 「新・水滸伝」
...宋朝の史実も酌(く)みいれ...
吉川英治 「新・水滸伝」
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