...此年七月三日宇多帝(うだてい)御位(みくらゐ)を太子敦仁(あつひと)親王へ譲(ゆづ)り玉ひ朱雀(すじやく)院へ入らせ玉ひ...
京山人百樹刪定 「北越雪譜」
...仁和寺(にんなじ)の宇多上皇―――亭子院(ていしいん)の帝(みかど)が平中をお召しになって...
谷崎潤一郎 「少将滋幹の母」
...十二歳の時宇多上皇に見出されて...
谷崎潤一郎 「少将滋幹の母」
...正統記で後宇多天皇のことを拜見しますると大變ほめ奉つて居ります...
内藤湖南 「日本文化の獨立」
...後宇多天皇の御遺告即ち今日あちらに陳列してある所の天皇御自身の御遺言の中に書かれてあることゝ非常によく一致して居ります...
内藤湖南 「日本文化の獨立」
...後宇多天皇の御學問といふものは...
内藤湖南 「日本文化の獨立」
...それから一面には後宇多天皇のやうな御學問に御熱心なお方は...
内藤湖南 「日本文化の獨立」
...後宇多天皇は殊に密教に精通して居られた方ですが...
内藤湖南 「日本文化の獨立」
...しかも大覺寺統の後宇多天皇...
内藤湖南 「日本文化の獨立」
...後宇多天皇の復古思想から...
内藤湖南 「日本文化の獨立」
...一部後宇多帝の花押あり...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...後宇多院(ごうだいん)のみ后(きさき)...
吉川英治 「私本太平記」
...後宇多は強(しい)られて退位し...
吉川英治 「私本太平記」
...――彼が後宇多院(ごうだいん)に仕えていたころは...
吉川英治 「私本太平記」
...後宇多の実子の列には入れられなかった...
吉川英治 「私本太平記」
...後宇多は、後醍醐の実父である...
吉川英治 「私本太平記」
...おん母遊義門院にわかれたのは、十一だから、後醍醐の養子となっても、実父は、後宇多院と、知っていたろう...
吉川英治 「私本太平記」
...宇多源氏(うだげんじ)以来の名門...
吉川英治 「新書太閤記」
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