...イングランドがインドの太守を虜(とリこ)にしてから...
スティーブンソン Stevenson Robert Louis 佐々木直次郎訳 「宝島」
...太守(たいしゅ)劉焉(りゅうえん)の領内で...
吉川英治 「三国志」
...この国、黄賊の大軍に攻蝕(こうしょく)せらるること久しく、太守の軍、連年に疲敗(ひはい)し給い、各地の民倉は、挙げて賊の毒手にまかせ、百姓蒼生(そうせい)みな国主の無力と、賊の暴状に哭(な)かぬはなしと承る」あえて、媚びずおそれず、こう正直にいってからさらに重ねて、「われら恩を久しく領下にうけて、この秋(とき)をむなしく逸人(いつじん)として草廬(そうろ)に閑(かん)を偸(ぬす)むをいさぎよしとせず、同志張飛その他二百余の有為の輩(ともがら)と団結して、劉玄徳を盟主と仰ぎ、太守の軍に入って、いささか報国の義をささげんとする者でござる...
吉川英治 「三国志」
...ここの定州(ていしゅう)(河北省・保定・正定の間)の太守へだ」「はっ...
吉川英治 「三国志」
...北平の太守で奮武将軍の公孫(こうそんさん)がその十六鎮の軍であったが...
吉川英治 「三国志」
...「太守徐栄(じょえい)は...
吉川英治 「三国志」
...彼のために侍中零陵(じちゅうれいりょう)の太守という官職を与えて帰した...
吉川英治 「三国志」
...太守(たいしゅ)劉延(りゅうえん)は...
吉川英治 「三国志」
...太守公孫康(こうそんこう)は...
吉川英治 「三国志」
...三つには、故太守の歿後、まだ日も経っていないので、諸臣の不一致、内政の改革、あらゆる備えが、まだ完(まった)き臨戦態勢に至っていない――というのであった...
吉川英治 「三国志」
...太守には夜陰を待って...
吉川英治 「三国志」
...玄徳を荊州の太守に封じるのが何よりと思いますが」「…………」孫権はおもしろくない顔をした...
吉川英治 「三国志」
...太守劉璋の舅たる格からいっても当然...
吉川英治 「三国志」
...なにさま、高氏とは、おかしげな男とみゆるの」「高氏が元服の折は、たしか父貞氏に伴われ、御拝謁をとげおりますゆえ、太守にも、御記憶のあるはずでございますが」「いや、忘れた...
吉川英治 「私本太平記」
...「太守をはじめ、満座すべては、みな其許(そこもと)おふたりのために、およろこびを共にしているものを...
吉川英治 「私本太平記」
...――太守にたいしても...
吉川英治 「私本太平記」
...太守の越中守からして...
吉川英治 「新編忠臣蔵」
...青竹で区切られたそれぞれの席に、家中の老いたる者や幼い者までが、行儀よく、静粛に拝見しているのを、太守や奥方は、舞台につかれた眼の遊びに、其処此処(そこここ)の団欒を、微笑ましげにうしろから眺めている容子(ようす)であった...
吉川英治 「梅里先生行状記」
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