...廿八日、壬午、晴、姶めて御本尊を御持仏堂に安置す、即ち供養の儀有り...
太宰治 「右大臣実朝」
...「于時(ときに)天和二歳次壬戌如月記之...
谷崎潤一郎 「聞書抄」
...そこで第三冊「壬生(みぶ)と島原の巻」からは自由活版所の岡君のところへ持ち込んだのである...
中里介山 「生前身後の事」
...壬生の新撰組の屯(たむろ)の前へ...
中里介山 「大菩薩峠」
...壬生や島原では、かけ違って、あまり面会をせぬうちに、組の内はあの通りに分裂する、芹沢が殺されて、近藤、土方が主権を握るということになったが、その後、あの男の行方(ゆくえ)がわからぬ、そうしているうちに、思いがけないにも思いがけない、甲州の白根山の麓、ちっぽけな温泉の中で、あの男を見出した、かわいそうに、目がつぶれていたよ、盲になって、あの温泉に養生しているのにぶっつかったが、その時は涙がこぼれたなあ...
中里介山 「大菩薩峠」
...さればこそ、この当人は、当座の食物をあさるべく、壬生や、三条、四条方面の本場へ行かないで、むやみに場末に向って、ふらふらと歩いて行くように見える...
中里介山 「大菩薩峠」
...さっそく仲壬の許へ使を遣わしたが非道なる父の所へは二度と戻らぬという返辞だったと復命する...
中島敦 「牛人」
...「去年壬辰九月廿三日に頼山陽物故す...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...然るに頼春水の集壬子の詩に...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...次に「寛政壬子秋...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...徙(うつ)り来つた年の翌年壬午が僅に事なく過ぎて...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...三年壬辰六月十二日...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...是が瑞仙の書上に「寛政二年辛亥(中略)請邀る者あり、因て暫く京都に寓」すと云ひ、二世瑞仙晋撰の行状に「後君厭浪華市井之囂塵、寛政壬子秋、游于京師」と云つてある事蹟の真相である...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...小柳の横死は文久壬戌の四月であつた...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...棠軒は前年壬戌十二月四日に福山に移ることを命ぜられ...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...「大蔵」「へ」「どうもわしの訪ねる壬生(みぶ)のあたりも心もとないな」「焼けているかもしれませんね...
吉川英治 「私本太平記」
...これは壬生(みぶ)の叔父上...
吉川英治 「宮本武蔵」
...十郎左衛門より一足遅れてここへ来た壬生(みぶ)の源左老人が...
吉川英治 「宮本武蔵」
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