...もし又更に大方(おほかた)の士人...
芥川龍之介 「八宝飯」
...苟(いやしく)も一個の士人たる徳義(とくぎ)操行(そうこう)において天下後世に申訳(もうしわけ)あるべからず...
石河幹明 「瘠我慢の説」
...士人の風上にも置くまじきものと思われていた故...
内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
...士人らの矢のなかに本当に身を投げ出したのだったら……数日後に...
リットン・ストレチー Lytton Strachey 片岡鉄兵訳 「エリザベスとエセックス」
...漸(ようや)く烱眼(けいがん)卓識なる士人の間に流布(るふ)し...
徳富蘇峰 「吉田松陰」
...爾來一千年此郷の士人碑を國分寺に建てゝ之を頌す...
長塚節 「長塚節歌集 中」
...士人の交わりはできない男だ...
夏目漱石 「行人」
...徳川幕府の士人の大学...
長谷川時雨 「田沢稲船」
...入口から等身大の義士人形がずらりと並んでいた...
林芙美子 「田舎がえり」
...曾て東京に一士人あり...
福沢諭吉 「女大学評論」
...その士人の中には殺伐無状...
福沢諭吉 「教育の目的」
...青年以上有為の士人中にも...
福沢諭吉 「新女大学」
...これに反して日本においては士人の去就はなはだ厳(げん)なり...
福沢諭吉 「徳育如何」
...ゆえに支那にて士人の去就を自在にすれば聖人に称せられ...
福沢諭吉 「徳育如何」
...士人磬神聖にして...
南方熊楠 「十二支考」
...謁見即ち目見(めみえ)は抽斎が弘前の士人として受けた礼遇の始(はじめ)で...
森鴎外 「渋江抽斎」
...弘前藩では必ずしも士人を幕府に出すことを喜ばなかった...
森鴎外 「渋江抽斎」
...士人にして経営の才にも富んでいた...
吉川英治 「新書太閤記」
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