...栄えた御家柄の方が多く御国衆に列せられていた...
...天下泰平の立役者となることができねば、御国衆としての称号を授かることもできなかった...
...決まりきった御国衆の中から脱して、自らの力で天下人になった人物がいた...
...御国衆であった身分を捨てて、出家して禅宗の教えを広めることに心を燃やした人物もいた...
...武家社会において御国衆は、軍事面での貢献が求められ、その見返りに御恩を受ける存在であった...
...ここにおいて一国衆人の名代(みょうだい)なる者を設け...
福沢諭吉 「中津留別の書」
...万夫不当(ばんぷふとう)の北国衆が...
吉川英治 「神州天馬侠」
...やがて、柴田勝家、前田利家などの、北国衆がまず、信長の馬廻りとして、さきに馬場へながれて来た...
吉川英治 「新書太閤記」
...多賀秀家といったような近国衆も詰合わせていた...
吉川英治 「新書太閤記」
...山国衆は、総じて、酒量も人一倍とうけたまわる...
吉川英治 「新書太閤記」
...是(コレ)ヲ我ガ四国衆ノ...
吉川英治 「新書太閤記」
...当時の記録はこの結束した民衆のことを「国衆」或は「国人」などと呼んでいる...
和辻哲郎 「鎖国」
...「武家衆」はこの国衆の反抗に敵し兼ねて要求に同意し山城の国から撤退した...
和辻哲郎 「鎖国」
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