...」おかみさんとお二人は匙を取つてそれを飲みながら話しをされる...
鈴木三重吉 「桑の実」
...「立派な茶匙がある……」小文さんも巧(うま)いことを言つたが...
薄田泣菫 「茶話」
...自分の匙(さじ)の用い処もないと嘆息する...
高村光雲 「幕末維新懐古談」
...それから匙を握ったまま声しのばせて泣いたという...
太宰治 「逆行」
...おりんにしても匙(さじ)を投げるにきまつてゐる...
谷崎潤一郎 「猫と庄造と二人のをんな」
...銀の匙と小さな爪とが光りに映えていた...
豊島与志雄 「化生のもの」
...梶木町(かじきまち)の内藤数馬(ないとうかずま)と云う医者に執匙を託し...
福澤諭吉 「福翁自伝」
...スミレ類の名としては支那産の者には上の菫菫菜の外に種類によってなお、匙頭菜、犁頭草、箭頭草、宝剣草、如意草などの名がある...
牧野富太郎 「植物記」
...一人一人が自分の前にある粥の皿に匙を入れたりパンをちぎったりする前に三本の梭(ひ)を卓の上に置いた...
フィオナ・マクラウド Fiona Macleod 松村みね子訳 「最後の晩餐」
...秀郷を神と崇めて勢多に社あり(『近江輿地誌略』に、勢多橋南に秀郷社竜王社と並びあり、竜王社は世俗乙姫の霊を祭るという、傍なる竜光山雲住寺縁起に、秀郷水府に至りて竜女と夫婦の約あり、後ここに祭ると)、されば秀郷の子孫、勢多橋を過ぐるには、下馬して笠を脱ぎ、鈎匙(さじ)、小刀、鞭(むち)、扇等、何にても水中へ投げ入れ、礼拝して通るに必ず雨ふるなり云々、また曰く、下野国佐野の家にも秀郷より伝えし鎧あり、札に平石権現と彫り付け牡蠣(かき)の殻も付きたり、かの家にては「おひらいし」の鎧とて答拝せらるとなり、またかの鎧竜宮より持ちて上りし男、竜二郎、竜八とて二人あり、これも佐野家に仕えけるが、竜二郎は断絶す、竜八は今において佐野の秋山という処にこれあり、彼らが子孫は必ず身に鱗ありとなり、避来矢(ひらいし)の鎧と書き、平石にてはなしと、以上『氏郷記』の文だ...
南方熊楠 「十二支考」
...その玉子を深い大きな丼鉢(どんぶりばち)へ割って玉子一つに中位な匙一杯の割で白砂糖を入れて黄身も白身も砂糖も一緒にして茶筅(ちゃせん)かササラで攪(か)き廻(まわ)しますが茶筅よりも竹のササラがよし...
村井弦斎 「食道楽」
...先ずバター大匙一杯を鍋で溶かしてメリケン粉を大匙一杯パラパラと入れて手速く攪き廻しながら木の杓子(しゃくし)でよくいためてメリケン粉が狐色に変った時分に牛乳五勺(しゃく)とスープ五勺位入れるのですけれどもスープがなければ水と牛乳と等分位でもようございます...
村井弦斎 「食道楽」
...○アラローツをプデンに作るには玉子の黄身二ツ砂糖大匙三杯アラローツ大匙一杯の割合にて...
村井弦斎 「食道楽」
...その時前の物を大匙へ一杯ずつ掬(すく)って油の中へそうっと落して気長に揚げますが揚がったと思う時分小楊子(こようじ)を刺し込んでみて何も着いて来なければ新聞紙か西洋紙の吸取紙(すいとりがみ)の上へ一つ一つ置いて油を切ります...
村井弦斎 「食道楽」
...第三十九 米の粉のソフレは前より一層上等で先ずお米の粉大匙一杯半を牛乳五勺で弛(ゆる)めて弱い火へかけて柔くなるまで煮ます...
村井弦斎 「食道楽」
...第四十七 米の粉のプデンはお米の粉大匙二杯を二合の牛乳で一時間半煮て玉子の黄身三つに砂糖二杯と香料とを加えて五十分間焼きます...
村井弦斎 「食道楽」
...銀の匙(さじ)と角砂糖が添えられて...
夢野久作 「暗黒公使」
...隣りの老人へ匙(さじ)を投げていう...
吉川英治 「御鷹」
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